満点者の保証人
榛葉澄人は裁判所へ入るたび、千点の信用証を見せる。専用ゲートが開き、手荷物検査も簡略化される。満点の市民が証拠を隠すはずはない、と扱われていた。
弟の可成は、その地下留置室にいた。
無許可の集会で逮捕され、起訴前なのに信用点数が一一二まで落ちた。保釈基準は七百。判決を待つ半年間、外へ出られない。
面会端末に《信用保証》のボタンがあった。
一人の市民は、別の一人を保証できる。ただし点数を貸すのではなく、二人の点数を交換する。保証とは、相手の信用を自分のものとして引き受けることだった。
「押すなよ」
透明板の向こうで可成が言った。
「兄貴まで出られなくなる」
「お前、来月から学校だろ」
「無罪になれば点は戻る」
「半年後じゃ遅い」
澄人は確認画面を開く。
《榛葉澄人:一〇〇〇》
《榛葉可成:一一二》
《交換後、榛葉可成は保釈基準を満たします》
《交換後、榛葉澄人は退廷資格を失います》
満点を得るまで、澄人は十年かかった。遅刻せず、抗議せず、困っている人間にも記録が残る場所では近づかなかった。可成から「点数の奴隷」と笑われても、家族の役に立つ日が来ると思っていた。
その日が来た。
澄人は《保証する》を押した。
二人の端末が同時に鳴る。
可成、一〇〇〇。
澄人、一一二。
留置室の扉が開き、面会室側の出口が閉じた。
係官が可成へ頭を下げる。
「高信用者の勾留を解除します」
続いて澄人の腕を取る。
「低信用者は地下へ移動してください」
可成が透明板を叩いた。
「兄貴は何もしてない!」
「一一二点の人物の申告は、身元調査後に受理します」
「俺が保証する。今度は俺が兄貴を」
端末は拒否した。
《信用保証は一事件につき一回限りです》
可成は満点の顔で叫び続けた。係官たちは丁寧に制止し、庁舎の外へ案内する。千点の市民を乱暴に扱う者はいない。
澄人は地下へ下りるエレベーターに乗せられた。
扉が閉まる直前、可成が言った。
「必ず戻すから!」
その約束に、点数は付かなかった。
地下の受付で、澄人の名前が可成のいた独房へ登録される。罪状欄は空白だった。
係官が不思議そうに画面を見る。
「あなた、本当に何をしたんですか」
澄人は笑った。
「弟を信用しました」
一一二点の答えは、記録されなかった。