火を消して出す一皿
午前二時四十分、ホテルの夜間厨房へ、遅れて到着した家族からルームサービスの注文が入った。子ども用のオムレツと温かいスープ。榊原灯がフライパンを火へ掛けると、青い炎が細くなり、隣のパイロットも同時に消えた。
注文を受けた客室からは、子どもが長い移動で何も食べていないと伝えられていた。断れば安全だが、火を使えないことと料理を何も出せないことは同じではない。灯はまず、危険な設備と使える設備を分けた。
夜勤責任者は点火棒を取った。
「風で消えただけだ。急いで付け直せ」
灯は火を付けず、すべてのつまみを閉じた。一台だけなら汚れや吹きこぼれも考えられる。だが離れた三口が同時に弱くなった。厨房内の問題ではなく、供給側の圧力が不安定な可能性がある。何度も点火すれば、出たり止まったりするガスが溜まる。
換気を続け、厨房への出入り口には点火禁止の札を置いた。朝食班が知らずに元栓を開けないよう、引き継ぎ用の白板にも時刻と症状を書く。原因が分からないまま「直ったように見える」瞬間が、最も危ない。
彼女は元栓を閉め、設備担当へ連絡した。責任者は「注文を断るしかない」と言ったが、灯は電気で使える器具を確認した。スープは小鍋を卓上の電熱器へ移し、オムレツは小型の電気プレートで一人分だけ焼ける。普段より時間がかかるため、客室へ十五分遅れると先に伝えてもらった。
電気プレートは火力が弱く、普段の大きなフライパンでは温度が戻らない。灯は小さなものへ替え、スープと同時に使わず、電源の負荷も分けた。限られた器具を一度に動かして厨房の電気まで落とせば、客室へ届ける手段がなくなる。
卵を厚くしすぎれば中心まで火が通る前に表面が固くなる。灯は一度に流さず、薄く重ねて巻いた。スープも沸騰させず、湯気が立ったところで止める。注文は遅れたが、皿は冷めずに客室へ届いた。
三時十分、設備担当が来て、屋外の調整器に異常を見つけた。再開の確認が終わるまでガスは使わないことになった。責任者は点火棒を棚へ戻した。
四時前、朝食班が出勤してきた。百人分の卵料理を見て、誰かが顔を上げた。
灯は閉じた元栓と電気プレートを指し、事情を一度だけ説明した。夜の一皿は終わったが、火を使わない朝食の段取りが、その場で始まった。