無料期間の終わり
神崎颯太は毎朝、《ライフメモリ》の残量を天気予報と一緒に見る。出生から二十歳までの記憶保管は無料で、成人後は月額契約になる。支払いがない場合、最も古い一日が毎晩一日ずつ消える。それがすべての市民に共通する規則だった。
二十四歳の颯太は、料金を払った覚えがなかった。
大学を中退し、アルバイトを転々としていた。口座残高はいつもぎりぎりだ。それでも残量は百パーセントのままだったので、若者向け免除が続いているのだと思っていた。
母の理津が急死した翌朝、通知が来た。
〈代理支払者の死亡を確認しました〉
〈四十八か月間の家族支援契約を終了します〉
〈次回消去:本日二十四時〉
母が払っていた。
葬儀の準備をしながら、颯太は契約料を調べた。月額一万二千円。自分の家賃の四分の一だった。母は清掃の仕事を増やし、毎月それを払っていたらしい。
最初に消えるのは、生後一日目。
自分には覚えていない日だから問題ないと思った。だが詳細には、その日の記憶が母の語りや写真と結びつき、現在の人格を支える割合まで表示されていた。
〈関連記憶:母の子守歌、名前の由来、抱擁への安心感〉
颯太は残高を集めた。葬儀場への支払いを止めれば、一か月だけ更新できる。母を見送る金か、母と過ごした自分を残す金か。
親戚は「記憶なんて自然に薄れるものだ」と言った。けれど自然な忘却には順番がない。これは毎晩、誕生から一日ずつ、自分が削られていく。
二十三時五十八分、颯太は決済画面を開いた。
そのとき、母の予約メッセージが届いた。誕生日ごとに送る設定だったらしい。
〈二十四歳おめでとう。来年の分からは、自分で払ってね〉
最後に笑顔の絵文字がついていた。
颯太は葬儀費用の口座から一万二千円を移し、更新を押した。
〈決済を受け付けました〉
〈保管期間を三十日延長します〉
安堵した直後、別の表示が出た。
〈代理支払者が所有していた共有記憶は契約対象外です〉
〈神崎理津の死亡に伴い、母親視点の記憶を終了します〉
颯太の中から、自分を見つめる母の顔が消えた。
残ったのは、母を見上げる自分の記憶だけだった。そこに映る理津はいつも笑っている。なぜ無理をして笑っていたのか、もう確かめる視点はない。
午前零時、残量は百パーセントを示した。
颯太は完全な記憶を持ったまま、母が自分を愛した記憶だけを失っていた。