焼却炉の呼名札
生きている人の名を呼ぶと、呼ばれた本人の寿命が一日減る。死者の名を呼ぶと、引く寿命が本人にないため、呼んだ側から七日減る。火葬場では点火前に死者の姓名を一度呼ぶ決まりがあり、家族が嫌がれば職員が有料で代行する。
御厨雅人は四年間、呼名係をしていた。一件七千円の手当がつく。月に二十人呼べば、寿命は百四十日減る。職員同士は炉番号で呼び合い、名札は裏返していた。呼名係の靴底には、灰を外へ持ち出さないための白い溝が七本あった。休憩室の壁には、失った日数と同じ枚数の白い札が吊られ、風もないのに触れ合って鳴った。
冬の午後、引き取り手のない棺が七号炉へ入った。書類の氏名を見て、雅人は呼名札を落とした。
御厨朔成。八年前に家を出た兄の名だった。
身元確認は指紋で済んでいる。親族欄には雅人の住所があったが、連絡済みの印はない。上司は書類を見ずに言った。
「身内なら自分で呼ぶか、別の係に回すか選べる」
「手当は?」
「自分で呼べばつく」
雅人は七号炉の前に立った。棺の小窓は閉じている。兄と最後に話した夜も、互いを「おい」としか呼ばなかった。朔成が置いていった工具箱には姓名の刻印があったが、雅人は一度も読まなかった。名を呼べば一日減るからではなく、呼びたくなかった。
点火灯が点滅する。雅人はマイクへ向かった。
「御厨朔成」
胸の寿命票から七日が落ちた。炉が動き、鉄扉の奥で炎の音が始まった。
三分後、炉内連絡用のスピーカーが鳴った。通常は温度警報しか流れない。雑音の中から、兄の声に似たものが、雅人の姓名を一度呼んだ。
寿命票から一日が消えた。
上司は驚かず、異常記録票を差し出した。
「逆呼名。七号ではたまにある。署名して」
収骨後、灰の中からプラスチック製の名札が一枚出た。熱で曲がっているのに、印字は読めた。兄の名ではなく、御厨雅人。
彼はそれを裏返して制服の胸へ差した。帰り際、無人の七号炉からもう一度呼名ベルが鳴ったが、今度は声が続かなかった。
灰受け皿の中央には、燃え残った白い歯が七本、名札を囲むように正確な円を作っていた。