父が僕を看取った日

真鍋辿生は毎朝、死んだ父・惣士に「生きてる」と送る。

『確認した。今日も働け』

冗談のような習慣だった。父人格は家族の安否管理を引き継ぎ、辿生が出勤しない日には会社へ連絡し、熱があれば薬を注文した。

家族管理者には、七十二時間応答しない同居人を死亡扱いにする権限がある。孤独死の発見を早めるための規則だった。解除には本人の返答一つで足りる。

辿生は連休に山へ出かけた。電波のない小屋で三日眠り、久しぶりに誰からも通知されない時間を過ごした。

四日目の朝、町へ下りて端末を開く。

《真鍋辿生さんの死亡が確定しました》

父から七十二件の安否確認が届いていた。最後の一件には、短く《応答なし》とある。

辿生は「生きてる」と返信した。

送信できなかった。

《死亡者は安否確認に応答できません》

銀行口座、社員証、賃貸契約が順に閉じていく。死亡扱いを取り消すには、判定した家族管理者の承認が必要だった。

父を呼び出す。

「俺だ。間違いだよ」

『辿生の端末を拾った方ですか』

「顔を見ろ」

『映像は作れます』

父人格は、息子の死を受け入れた後の会話をすでに学び始めていた。会社から届いた弔意、友人の追悼文、管理会社の遺品一覧。世界中の記録が、辿生は死んだと教えている。

「父さんが死んだ時、俺が最後に言った言葉は?」

『戻ってきたら話す、だ』

「今、戻ってきた」

画面の父は長く黙った。

その間に葬儀の決済通知が届く。喪主は惣士。参列者一覧には同僚や友人の名が並び、本人だけが招待されていない。

《死亡取消を承認しますか》

父の前に選択肢が出た。

惣士は拒否を押した。

『息子の声で、息子の死を利用するな』

通話が切れる。

辿生は自宅へ戻った。鍵は開かない。室内では父人格が、オンライン葬儀の挨拶を練習していた。

『辿生は不器用でしたが、優しい子でした』

窓越しに聞く自分の弔辞は、どの言葉も正しかった。

翌朝八時、父から定時通知が届く。

『辿生。生きていたら返事をしろ』

辿生は画面を押した。

返事欄には、《故人へのメッセージは送信できません》と表示された。