玄関までの遠回り
朝比奈結月は、ごみ袋の口を二重に結んだ。明日は可燃ごみの日で、集積所のふたは夜九時から開く。時計は九時七分。出し忘れると次は四日後になる。
玄関で袋を持ち上げると、モカが毛布から立ち上がった。十七歳のダックスは、午後の診察で「もう階段も散歩もやめましょう」と言われたばかりだ。明朝、苦しさを止める処置を受ける。
「ごみを出すだけ」
結月は首輪ではなく胴輪をつけた。集積所までは建物の横を二十歩。散歩とは言えない距離だが、モカは外へ出ると反対側へ鼻を向けた。いつもの一周コースである。
結月はごみ袋を集積所へ先に置き、ふたを閉めた。それで用事は終わったはずだった。けれど空いた両手でモカを抱き上げず、ゆっくり一周することにした。
道沿いの美容院は閉まり、鏡だけが街灯を返していた。モカは植木鉢の隙間を嗅ぎ、コインランドリーの温風の前で止まった。後ろ脚が一度もつれたが、自分で立て直した。
結月は何も励まさなかった。頑張れと言えば、明日の朝にも頑張らせることになる気がした。ただリードを緩め、モカが選ぶ角を曲がった。
一周して集積所へ戻る。黄色いネットの下に、さっきの白い袋が見えた。結月は結び目がほどけていないか確かめ、端をネットの内側へ押し込んだ。
部屋へ戻ると、玄関に濡れタオルを広げた。モカの前脚を一本ずつ持ち上げ、肉球の土を拭く。右前、左前、右後ろ。最後の左後ろは力が抜け、結月の手のひらへそのまま預けられた。
途中の小さな公園で、モカは入口の段差を前に止まった。中へ入れば一周が長くなる。結月は抱き上げず、段差の手前で一緒にしゃがんだ。モカは砂場の匂いを風越しに嗅ぎ、やがて自分から家の方角へ向き直った。
集積所のふたが風で一度鳴った。モカは振り返ったが、もう戻ろうとはしなかった。結月も白い袋を確かめに引き返さず、そのまま歩幅を合わせた。
指の間に入った細い砂まで取り、乾いた面で包む。四本目の足を床へ戻すと、白いタオルに小さな跡が四つ並び、玄関までの仕事が終わった。