玄関灯が点く距離
伊吹は、柊から実家の玄関灯を替えてほしいと頼まれた。
「電球くらい自分で替えろ」
「電球じゃない。センサーごと死んでる」
「業者」
「高い」
「脚立は」
「ある」
親たちの再婚で二人が同居したのは七年。最後の一年、伊吹は父と喧嘩して家を出た。柊は止めなかった。それから五年、母の葬儀で一度会っただけだ。父は今、長期入院中で、家には柊が一人で住んでいる。
夕方、二人で古い照明を外した。ネジは錆び、配線の被覆も硬くなっていた。伊吹が脚立に乗り、柊が下で工具を渡す。
「ブレーカー落とした?」
「落とした」
「本当に?」
「試しに触れば」
「おまえが触れ」
昔と同じやり取りに、二人とも少しだけ口元を緩めた。
新しい照明は人感センサー付きだった。配線をつなぎ、外壁へ固定する。だが点灯試験をしても反応しない。
「不良品?」
「感度が最低になってる」
柊が説明書を読み、伊吹がつまみを調整した。門から玄関まで何度も歩き、点灯する距離を確かめる。遠すぎると通行人に反応し、近すぎると段差の手前が暗い。
「ここ」と柊が門から三歩入った位置に立った。
「もう少し手前」
「道路まで点く」
「暗い中で鍵探すだろ」
「鍵、持ってない人は入らない」
その言葉に、伊吹は手を止めた。自分はもう鍵を持っていない。
結局、門の内側一歩で点くようにした。作業を終える頃には完全に日が落ちていた。柊がコンビニ弁当を二つ買ってきて、玄関の段差に座って食べた。家の中へ誘う言葉はなかった。伊吹も入ろうとしなかった。
「親父、退院したら売るって」と柊が言う。
「この家を?」
「階段きついから」
「そうか」
「おまえの荷物、まだ二階」
「捨てていい」
「本人がやれ」
弁当を食べ終え、伊吹は脚立を畳んだ。帰ろうと門へ向かうと、背後で照明が消えた。一歩外へ出る。暗くなった。
「感度、もう少し伸ばす?」と柊が聞いた。
「いや。これでいい」
伊吹が振り返って門の内側へ足を戻すと、玄関灯が点いた。柊はポケットから小さな鍵を出し、脚立の上に置いた。
「二階の荷物、昼間に来るなら連絡いらない」
「売るまで?」
「売ったら使えないだろ」
伊吹は鍵を取った。家を売る話は解決していない。父との喧嘩も、柊が止めなかったことも残っている。
それでも門を出るとき、伊吹はもう一度だけ内側へ手を伸ばした。光が点く。照らされた玄関には、柊が空の弁当箱を二つ重ねて持って立っていた。
伊吹は次に暗くなる前に、鍵をポケットの奥へ入れた。