王の口臭を止めた小さな刷毛

獅子王レオグランは、会議を三分で終わらせることで恐れられていた。

怒りやすいからではない。口を開くと強烈な臭いが広がり、家臣が目を伏せる。歯茎は腫れ、硬い肉を噛むたび血が出た。宮廷歯術師は香草を噛ませ、香水を口へ吹いたが、昼には元へ戻った。

「靴磨きに王の歯が治せるか」

歯術師長パレオは、前世で歯科衛生士だった拓海を笑った。

拓海が使った知識は一つ。小さな刷毛で、歯と歯茎の境目の汚れを毎日落とすこと。

馬の尾毛を短く束ねた刷毛へ、少量の塩をつける。力任せに横へこすらず、歯の根元へ当てて一本ずつ動かした。最初の一回で、白い泡が黄褐色に変わり、王は顔をしかめた。

拓海は金歯も治癒魔法も勧めなかった。朝と夜、鏡の前で二分。王が自分で続けられるよう、刷毛を玉座脇ではなく寝室の水差しの隣へ置いた。侍従に任せず、王自身の手で磨かせた。

「これが余の口にあったのか」

香水では隠せなかった臭いの元が、目の前の盆へ落ちた。磨く前、銀匙へ息を吹くと侍従が三歩下がった。磨いた後は、誰も動かなかった。

一週間、朝晩続けた。歯茎から出る血は初日の布三枚分から、七日目には点が二つ。王は干し肉を自分の歯で噛み切り、午前の会議を三分ではなく一時間続けた。香草の購入量は一日十束からゼロになった。

歯術師長は「王の治癒力が高いだけ」と言った。拓海は近衛兵二十人にも同じ刷毛を渡していた。七日後、歯茎の出血を訴えた者は十五人から二人へ。朝礼で顔を背ける者もいない。

王は長い会議の最後に、隣国との通商条約を自ら読み上げた。使者は一度も鼻を覆わず、条約へ署名した。破談寸前だった交易額は金貨十万枚で成立する。

レオグランは玉座から降り、歯術師長の金鎖を外した。拓海へ渡す前に、自分の刷毛を掲げる。

「国を救った剣より小さいが、毎朝使える武器だ」

そして王立口腔院の設立書へ署名した。

「院長は拓海。近衛だけでなく、全国民へこの刷毛を作れ。まず十万本、王家が注文する」

宮廷工房の注文鐘が、三分では止まらず鳴り続けた。