王冠に刻まれた真名

戴冠前夜、王冠から支配魔法が発見された。

 術式の外縁には、グウェンドラ家の紋章が刻まれている。

「私を操り、王国を奪うつもりだったのだな」

 婚約者マルチェロ王太子は、満座の前で剣を抜いた。

「グウェンドラ・パルド。婚約を破棄し、反逆者として処刑する」

 十歳で婚約してから、グウェンドラは王妃学、外交、災害対策を学び続けた。自分の人生を王国へ差し出す覚悟までしていた。なのにマルチェロは、その年月を一言で野心へ塗り替え、反論の前に処刑を命じた。悲しみはあった。けれど涙より先に、王冠の術式が彼女へ向けて不自然に閉じていることへ気づいた。

 グウェンドラは王冠を見つめた。紋章は鮮明すぎた。罪を着せる者ほど、証拠を見せたがる。

「護国帝シグルド陛下。真名稜鏡をお借りします」

 列席していた同盟国の皇帝は、七面の小鏡を彼女へ渡した。

「使うかどうかも、結果をどう受け取るかも、そなたが決めよ」

 真名稜鏡は術式を色へ分け、最初に魔法へ名を刻んだ者と、本来の対象を映す。王冠の紋章ではなく、魔法そのものを証人にするための禁級証拠魔法だった。

 グウェンドラは鏡を王冠へかざした。七色の光が広間を切り分け、天井に二つの名を刻む。

 術者――マルチェロ・イグレス。

 支配対象――婚姻成立後のグウェンドラ・パルド。

 彼が王冠へ仕込んだのは、自分を操る術ではない。結婚した妻の意思を奪い、王妃として従わせる術だった。その上から彼女の紋章を重ね、発覚時の罪まで用意していた。

「王妃には国家へ逆らわぬ保証が必要だ」

 マルチェロは剣を下ろし、秘密を守るなら婚約破棄を撤回すると言った。

「保証ではなく、隷属です」

 グウェンドラは王冠へ触れず、自分の婚約冠だけを外した。

「破棄を受諾します。わたくしは王妃の席を失うのではありません。檻へ入らずに済んだのです」

 彼女は元婚約者に背を向けた。シグルドが、同盟会議で自らの言葉を持つ者として、と手を差し出す。グウェンドラは救われるためではなく、自由な意思で、その手を取った。