王命より先に煮える鍋

十年間、少年王を支えた宰相サヴィルは、王が成人した日に職を解かれた。

褒賞は辺境の谷一つ。書類には「温泉あり」とだけ記されている。

谷へ着くと、源泉は豊かだったが、古い浴槽の排水口が壊れ、湯がたまらない。入ってもすぐ足元から抜けてしまう。

国を支えた男の新しい仕事としては、あまりに小さい。

だからこそ、サヴィルは笑った。

「本日は、この栓一つで閉会としよう」

倒木から円い板を切り出し、排水口に合わせて削る。

宰相時代は、朝食の匙を持ったまま会議へ呼ばれ、戻れば粥が膜を張っていた。国のためだと納得してきたが、誰かが常に自分を後回しにする国は健全ではない。少年王に最後に教えるべきことがあるとすれば、頼れる者にも食事の時間があるということだ。布を巻けば厚すぎ、革だけでは薄い。何度も差し込み、外し、縁を小刀で削った。

王宮なら会議を開き、担当局を決め、予算を承認する間に一月かかる。

ここでは自分の手を動かせばいい。

夕暮れ、木栓を押し込む。

ぴたり、と水音が変わった。湯は逃げず、石の浴槽にゆっくり満ちていく。白い湯気が谷の冷気を押し返し、やがて縁から静かにあふれた。

サヴィルは服を脱ぎ、肩まで沈んだ。十年分の書類の重さが、背中から溶けていく。硫黄の匂い。湿った岩の匂い。遠くで鳥が一声鳴いた。

湯上がりには、鉄鍋の牛肉煮込みが待っていた。蓋の隙間から湯気が立ち、肉と赤葡萄酒の香りが小屋いっぱいに広がっている。

そのとき王都から騎馬隊が到着した。

若い王自身の筆跡で、封書には『至急』とある。

「反乱の兆しがございます。陛下は、あなたなしでは決断できないと」

サヴィルは封書を受け取った。重さを確かめ、食卓の端へ置く。封蝋には触れない。

鍋の蓋を開けると、ぐつり、と最後の泡が弾けた。

「陛下には、まずご自分で決めていただこう」

匙で肉をすくい、湯気へ顔を寄せる。

「国は一晩で冷めぬ。だが夕食は、今が食べ頃だ」

王命より先に煮えた鍋を、サヴィルは誰の許可も待たず、自分の皿へよそった。