王命を偽った白い印
聖女クラリエが王国から追放された翌朝、北方軍へ開戦命令が届いた。
王印も署名も本物に見えた。軍司令官は疑わず、停戦線へ三万の兵を動かした。
昼、同じ王印を押した撤退命令が届く。夕方には南港の封鎖命令。三通すべて内容が矛盾しているのに、文書官オルサムはどれが本物か判別できなかった。
王宮の印璽は金庫にある。だが印影は蝋さえあれば複製できる。これまで偽造が一度も通らなかった理由を、宰相も知らなかった。
正式な王命には、押印後クラリエが《白誓》を重ねていた。命令を出した者が内容を理解し、自ら責任を負う意思がある時だけ、紙の繊維に白い光が残る。写し取った印や、脅されて出した命令には光が宿らない。
その光は聖職者にしか見えないほど弱かった。王は「判子を見て頷くだけの聖女」と彼女を追放し、白誓の存在を国家機密にすら記録していなかった。
三万の軍は停戦線を越えた。北国は侵攻と判断し、砦の門を閉ざす。市場では偽の徴税令が出回り、役所は本物の命令まで受け付けなくなった。王国は剣を交える前に、自分の言葉を失った。
王宮は命令を運んだ使者を拘束した。しかし使者は封書を渡しただけで、内容を知らない。本物か確認するため王へ問い返す文書もまた偽造できる。軍は前進も撤退もできず、港では二つの相反する命令を受けた船が互いの航路を塞いだ。
クラリエはそのころ、自由都市の議会で新しい公文書へ白誓を置いていた。議長ディルバンが署名した紙は、淡い光を帯びる。議員たちは交代で確認し、記録係にも見分け方を学ばせた。
「一人だけに頼れば、また国が言葉を失います」
クラリエの提案で、自由都市は三人の認証官を育てる制度をその場で可決した。
夜、王本人の転移鏡が議場に開いた。王冠を外した顔が叫ぶ。
「帰れ。偽命令をすべて見分けよ。望むなら宰相位を与える!」
クラリエは自由都市の採用証書を鏡へ向けた。
「王国の公文書認証契約は、追放令へ王印が押された瞬間に終了しました」