王都門を開く古鍵
夜明け前、セシリアは人の腕ほどある鉄鍵を抱えて修理店へ来た。
王都北門の主鍵。中央に亀裂が走り、次に回せば折れる。昼には魔物の群れが到達するため、住民を避難させた後で門を閉じなければならない。王立工房は責任を恐れ、「新品には三日かかる」と受け取りを拒んだ。北門の外には避難を待つ農村の列が続き、鍵が開かなければ彼らを入れられない。早く閉じすぎても見捨てることになる。門番長のセシリアは徹夜で鍵を抱え、亀裂が広がらないよう一度も地面へ置かなかった。
小さな店《最後の螺子》の主人モルデンは、鍵を炉へ入れなかった。
「新しい鉄を足せば、門が鍵を他人と判断します」
古い城門は、二百年回された金属の癖を覚えている。形だけ同じでも開かない。必要なのは強い鍵ではなく、同じ鍵のまま折れなくすることだった。
モルデンは亀裂を広げ、内部の錆を針で一粒ずつ取り除いた。そこへ溶かした金ではなく、北門から削り落とした古い蝶番の鉄粉を流す。セシリアが非常用に持っていたものだ。門と同じ年月を知る金属なら、鍵の記憶を邪魔しない。
継ぎ目を打つ音が、夜明けの鐘と重なる。
店の奥には、王都四門と同じ構造の試験錠がある。セシリアが鍵を差す。重い。
「回して」
「折れたら、もう代わりがない」
「折れません。直したのは亀裂だけではなく、折れる理由です」
彼女が両手へ力を込める。鍵は低く唸り、半回転した。試験錠の七本の閂が一斉に引かれ、壁が震える。
継ぎ目は開かない。むしろ古い鉄同士が噛み合い、一本だった頃より静かに回った。亀裂の跡は銀灰色の細線となり、夜明けの光を受けても揺れなかった。
セシリアは鍵を抜き、王家の紋章入り金貨を台へ置く。
「北門を閉じたら、今夜また来る。南門の鍵も同じ年だ」
「店は日没までです」
「では王都を守って、日没前に来る」
彼女は巨大な鍵を肩へ担ぎ、朝焼けの通りを走った。
モルデンは金貨を見つめ、閉店札を裏返す。《営業中》。
その瞬間、ちりん、とベルが鳴った。
扉の外には、王都の別の鍵が立てかけられていた。