甘い乳の冬支度
酪農村では夏の乳が余り、昼までに酸っぱくなって捨てられた。
一方、冬の王都では乳がなく、孤児院の粥は水だけになる。
豊作の夏ほど乳価は下がり、農家は搾った桶を道端へ流した。牛を売る家まで出て、来年は村そのものが消えると言われている。
商会主ロアンヌは村の集荷所で首を振った。
「乳を馬車で三日運ぶのは無理。値がなくても諦めなさい」
元製菓会社員の相原圭は、朝一番の乳を布で漉し、広い大鍋へ入れた。
弱火で底を絶えずさらい、焦げの匂いが出ないよう混ぜ続ける。鍋の内側に刻んだ線まで量が半分になったところで砂糖を溶かした。
農家たちは、貴重な薪と砂糖まで無駄にすると囁いた。さらに煮詰めると、白い乳は象牙色へ変わり、太い糸になって匙からゆっくり落ちた。鍋一杯が瓶十本に収まる。
「菓子にしてしまえば食事にならない」
ロアンヌは冷たく言い、輸送契約を断る紙へ手を伸ばした。
圭は署名を止めず、一匙を湯で六倍に伸ばした。
甘い湯気と乳の香りが戻る。薄い麦粥へ注ぐと、水だけだった椀が白くなり、口当たりにコクが出た。砂糖は保存のために入っているから、孤児院が別に甘味を買う必要もない。
瓶一本は乳十杯分。それでも元の乳より軽く、荷車一台に六倍積める。
圭は一月前に作り、冷却魔石を使わず棚へ置いた瓶を開けた。
蓋は膨らまず、酸臭もなく、表面も分離していない。今日の瓶と番号を隠して食べ比べても、ロアンヌは古いほうを当てられなかった。
試食役に来た孤児院の子どもが粥を食べ、空の椀を差し出した。
「明日もこれ?」
村人たちが黙り込む。
昨日まで溝へ流していた乳が、冬の食事になる。しかも瓶なら荷台で揺れてもこぼれず、同じ馬車に生乳の六倍分を積める。
一瓶の原価は銅貨八枚。王都では銀貨一枚で売っても、冬の生乳の半値だった。農家へ夏の倍額を払っても利益が残る。
ロアンヌはその場で集荷停止の札を裏返した。
裏には新しい買値と数量が書かれている。
「今夏の余剰乳、全量を買う。まず三千瓶。王都の孤児院十二か所と契約する」
圭が木匙を置いた時、村の鐘が廃棄の合図ではなく、追加搾乳の合図として鳴った。