白い端末で「いいえ」を選ぶ

八歳の朔の膝に、白い適性端末が置かれていた。

二十二世紀の初等学校では、入学時に「社会調和設定」を選ぶ。

画面には笑顔の子供たちと、前の人生で押した質問。

《みんなに好かれる子になりたいですか?》

教師が同じ声で促す。

「『はい』を選べば、誰とも争わない立派な子になれます」

前の朔は「はい」を押した。

端末は反抗心を抑える神経補助を登録し、朔は頼まれたことを断れない子になった。宿題も労働も借金の保証も引き受け、三十歳で企業の責任を一人で背負わされた。嫌だという言葉は、喉に浮かぶ前に消えた。

処分直前に見た内部資料には、設定を拒否した子だけが、自律選択クラスへ進めると書かれていた。従順さを測る質問ではない。拒否できるかを測る試験だった。

白い画面で「はい」が明滅する。

教師が微笑む。

「迷う必要はありません」

朔は「いいえ」を押した。

教室の空気が止まった。

画面に赤い警告が出る。

《協調性スコア 零》

教師は端末を取り上げようとした。

「選択ミスですね。こちらで直します」

朔は端末を抱えた。

「自分で選ぶ試験なら、先生が直したら不正です」

同級生がざわつく。

教師の笑顔が消え、管理者用の暗証番号を入力しようとする。朔は未来で記者会見に流出した番号を覚えていた。先に入力し、隠し画面を開く。

《強制修正履歴 二百四十七件》

教師が毎年、拒否した子の回答を「はい」へ変えていた記録が並ぶ。

教室の監査AIが起動する。

『回答への介入を検知。担当者権限を停止します』

教師の腕輪が灰色になった。

前の人生では午前九時、朔の保護者端末へ《社会調和設定完了》の通知が届いた。

同じ時刻、母の端末が鳴る。

《強制設定を解除》

《自律選択クラスへの入級資格を確認》

白い端末の質問が消え、最後に一行だけ現れる。

《あなたが嫌だと言ったとき、世界は停止せず、選択肢を増やします》

教師ではなく監査AIが、朔の答えを初めて採点した。

『正解です。朔さん。あなたの未来は、あなたに返還されました』