百万の兵を止めた留め金

王国軍百万の進撃は、城門を出る前に止まった。

 先頭の攻城車を動かした瞬間、巨大な車輪が外れた。続く梯子車も、投石機も、軸が抜けて道を塞ぐ。

「整備兵を処刑しろ!」

 総司令ボルドが怒鳴る。整備兵は青ざめて箱を示した。

「交換用の留め金がありません」

「昨日、三千個届いたはずだ!」

「届いたのは冬営用の天幕金具です。形が似ていたので、同じ倉庫へ……」

 国家から追放された荷物持ちセネクなら、留め金の頭へ用途別の刻印を打ち、使用期限と配備先を台帳でつないでいた。前線の兵が文字を読めなくても、丸は車輪、三角は投石機と分かる。

 しかし貴族将校たちは、彼を「箱を数えて国家予算を食う平民」と断罪した。追放後、空き棚を作るため金具は一か所へまとめられ、台帳は暖炉の焚きつけになった。

「似た物で代用しろ!」

 天幕金具を攻城車へ打ち込む。十歩進んだところで曲がり、二台目の車輪も外れた。後続の騎兵が詰まり、城門内は荷車と兵士で身動きが取れない。

 敵国軍はまだ国境の向こう。王国軍は誰とも戦わず、自分たちの補給品に道を塞がれた。

 同じ朝、セネクは自由都市の防壁倉庫で、木箱の蓋へ刻印を押していた。

「丸印は車輪、三角は弩砲。封蝋の日付を過ぎた金具は訓練用へ回します」

 総督イリスが抜き打ちで「西塔の弩砲軸」と命じる。新人兵が三角印の二本線を選び、必要な箱を十秒で運び出した。

 試射された弩砲は一度で的を砕く。

「兵の数ではなく、正しい部品が正しい場所にあることが城を守るのですね」

 イリスはセネクへ都市印章を預け、《兵站総監》への任命書を渡した。かつて箱一つ触るにも許可を求めた彼が、今は都市の全倉庫を動かせる。

 昼、王国の勅使が白旗を掲げて現れた。

「国王陛下は追放令を特赦する。直ちに帰国し、軍需倉庫を復旧せよ。これは祖国への奉公である」

 セネクは任命書を机へ置き、かつての国章が刻まれた追放証を勅使へ見せた。

「国境を越えた時刻をもって、王国との兵站契約は終了しています」