皇后にならない隣席
帝国大図書館の再開式で、イセラの席だけ背もたれが低かった。
高い飾り椅子は首が痛くなる。皇帝アウレシオンは、彼女が一度だけ会議後に首を回したことを覚えていた。
「この高さでいいか」
「はい」
恐れられる皇帝は、反対派の貴族を一晩で全員更迭した。その男が、司書イセラの椅子には薄い腰当てまで置かせる。
再開する図書館は、身分を問わず入れる初めての施設だった。イセラが十年かけて制度を整えた。
式典の最後、宰相が金の冠を掲げた。
「功績をたたえ、イセラを皇后に冊立し、図書館を皇室直轄の私有施設とする」
イセラは立ち上がった。
「どちらも承認しません」
広場を埋めた人々がざわめく。
「陛下を愛していないのですか」と宰相が問う。
「愛しています。でも皇后にはなりたくありません。図書館も皆のものです」
全員が皇帝を見る。アウレシオンがどれほどイセラへ執着しているか、帝都で知らぬ者はいない。彼女が一日休むだけで、食事と室温を三度確認させる男だ。
皇帝は冠を受け取った。
そして、箱へ戻した。
「冊立を撤回する。図書館は永久公共財産とする」
宰相が青ざめる。
「後継と帝国の安定がございます!」
「余の問題だ。彼女の職務ではない」
「ではイセラ殿は、何者として陛下の隣へ?」
アウレシオンは彼女へ尋ねた。
「何と記されたい」
「館長代理。正式な館長は選考で決めたいです」
「分かった」
皇后用の名札が外され、「館長代理イセラ」と書き直される。
皇帝は隣の豪華な玉座も下げ、彼女と同じ高さの椅子へ替えた。ただし、座るようには命じない。
「今日は隣に座るか」
イセラは開かれた図書館の扉を見てから頷いた。
「式が終わるまでは」
「それでいい」
大扉が市民へ開く。
アウレシオンは全帝国へ宣言した。
イセラは席へ向かう前に言った。
「毎日ここに座る約束はできません。図書館の仕事で、地方へ行くこともあります」
「行け」
「寂しくても?」
アウレシオンは民衆の前で頷いた。
「寂しさは余のものだ。おまえの旅を止める鎖にはしない」
隣席を与えることと、そこへ縛りつけることを分ける言葉に、広場のざわめきが静まった。
「イセラは皇后にならない。余を選んでも、冠を選ぶ義務はない。それでも彼女が望む限り、この隣席は彼女のために空けておく」