目覚ましを一つ消す

小町のスマートフォンには、日曜の朝にも四つの目覚ましがあった。

七時、七時十分、七時二十分、七時半。休日を寝過ごすと、一日を無駄にした気がするからだ。平日にできなかった家事、勉強、運動、連絡を取り戻す日。休みなのに、予定表は仕事の日より細かかった。

土曜の夜、帰宅は零時を過ぎた。月末の棚卸しで、足の裏が熱を持っている。シャワーを浴び、髪を乾かすと一時十五分。小町はベッドへ入り、いつものように日曜の予定を確認した。

七時半までに起床。八時洗濯。九時スーパー。十時オンライン講座。午後は衣替えと作り置き。

画面を見ているだけで、明日の疲れが先に体へ落ちてきた。それでも予定を消すと、怠けることを前夜から決めるようで怖かった。休むのは、やるべきことを全部終えた人に許されるもの。小町の部屋には未開封の郵便も、畳んでいない服もある。

七時の目覚ましを開く。繰り返しは毎週日曜。オフにしようとして、指が止まる。七時半だけ残せば十分だ。それでも三十分遅く起きる自分を想像すると、胸がざわついた。

小町は七時をオフにした。続けて七時十分も、七時二十分も消す。最後の七時半だけが青く残る。

一つ残したことで安心し、スマートフォンを置こうとした。けれど、それではいつもの交渉だった。少しだけ休み、結局すべてやる。休息を最小限にして、罪悪感をごまかす。

七時半のスイッチを見つめる。明日の朝、自然に目が覚めるかもしれない。昼まで眠るかもしれない。予定が崩れたら、洗濯も講座も間に合わない。誰かに迷惑をかける予定ではないのに、小町は謝る相手を探していた。

最後のスイッチをオフにする。

画面から青い印がなくなった。代わりに「設定されているアラームはありません」と表示された。その文が、明日の自分を見捨てた宣告のようにも、誰にも呼ばれない許可証のようにも見えた。

小町は予定表を開き、「起床」の項目だけ削除した。洗濯も講座も残っている。起きた時刻から、できるものだけやる。そう書き換えることはしなかった。できなかったものが残る余地を、そのままにした。

充電器へスマートフォンをつなぎ、画面を伏せる。足の裏はまだ痛い。部屋も片づいていない。小町は布団の中で、日曜を有効に使う方法を考えかけた。

その考えにも目覚ましをかけず、目を閉じた。