真実のインクを開けた者
戴冠記念夜会で、テレジアナ・クォーツは皇帝毒殺未遂の犯人として玉座前へ引き出された。
婚約者アーバス・モーラが、黒く変色した婚約契約書を掲げる。
「彼女が署名用インクへ毒を混ぜた。陛下のお命を狙う女との婚約を、ここに破棄する!」
皇帝は署名直前で異臭に気づき、無事だった。誰もがテレジアナを見る。彼女は膝をつかず、契約書の最終条項を読み上げた。
「真実のインクは、最初に栓を開けた者の名を契約へ記す」
黒い染みへ指を置くと、毒色が剥がれ、その下から金の文字が現れた。
〈開栓者、アーバス・モーラ〉
証拠はその一行だけだった。だがアーバスが「瓶へ触れていない」とした告発は、根から折れた。
「お前に頼まれて開けただけだ!」
「先ほどは、私が一人で混ぜたと仰いました。どちらか一つにしてください」
真実のインク条項を契約へ加えたのはテレジアナだった。王家の婚姻文書が改竄された古い事件を調べ、誰が最初に道具へ触れたか残す仕組みを提案した。アーバスは『花嫁の心配性』と読み飛ばしたが、その一項に今、自分の名が刻まれている。皇帝を狙った恐ろしさより、彼女が作った安全策を彼女の処刑へ使おうとした冷酷さが、胸を冷やした。愛情を失ったのではない。最初から、彼が愛したのは利用できる能力だけだったのだと理解した。
彼の顔から尊大さが消える。
「待て。陛下は無事だ。婚約破棄を撤回し、二人で真犯人を探そう。私には家格がある。君を守れる」
「私を真犯人に仕立てた人から、守られるつもりはありません」
玉座の脇にいた大公アステロス・エランが、一人だけ階段を下りた。彼は皇帝の代理として断罪を宣言せず、テレジアナの前で足を止める。
「証拠は受理される。だが、この場であなたを私の婚約者にすれば、救出と引き換えの契約になる」
彼は自分の地位を使わず、素手を差し出した。
「まず大公府の法務総監として来てほしい。私との新しい縁は、あなたが自由になった後、あなたの言葉で決めてくれ」
アーバスが最後の命令を投げる。
「戻れ、テレジアナ!」
彼女は黒い婚約指輪を契約書の上へ置いた。
「破棄を告げたあなたに、撤回を命じる権利はありません」
自分から元婚約者へ背を向け、未来を白紙のまま差し出した大公の手を取った。