神殺しの毒杯
天上界で最後の人間オルディスは、神々の宴へ招かれた。
招待ではない。公開処刑だった。
熾天使セラフィオンが星光の杯を掲げる。
「人が不死を得ることは、神への反逆である。神毒〈創世の余滴〉を飲み、無へ帰れ」
それは世界を造った後に残った廃液。物質、魂、名前の順に溶かし、存在した記録まで消す毒だ。
オルディスは杯を受け取り、ゆっくり飲み干した。
神々は彼の輪郭が崩れる瞬間を待つ。床の星座は毒気だけで消え、近くの天使像は名前を失って白い塊になった。
十秒。百秒。
記録を司る神が石板を確かめる。毒はオルディスの誕生年まで遡り、確かに存在を削っている。なのに削られた行の下から、同じ名前が何度でも浮かび直した。
オルディスは杯を口元から下ろした姿勢のまま立っていた。
神々の席から笑いが消えた。人間が苦痛に耐えているのではない。神々の定めた消滅のほうが、彼の前で失敗し続けている。
セラフィオンの六枚の翼が止まる。毒は届いた。人間の身体から創世以前の光が漏れている。それなのに、肉も魂も名前も、そこから先へ崩れない。
「偽物の不死かと思ったが……何を奪った、人間」
「何も。あなた方が与えた祝福を、言葉どおり使っただけだ」
千年前、神々は人類に〈生存〉を授けた。彼らは病や飢えをしのぐ小さな加護だと思っていた。
セラフィオンは神槍〈終典〉を呼び出す。毒で消せないなら、世界の物語から直接削除する。槍が振り下ろされ、天上界を二つに割る光と爆煙が宴を呑み込んだ。
煙が晴れる。
宴席の半分は虚空へ落ち、下級神たちは翼を失って伏している。その中心でオルディスは杯を下ろした同じ姿勢で立っていた。背後の星々は裂けているのに、彼の影さえ欠けていない。
「〈生存〉とは、危機をしのぐ力ではない」
彼は槍の穂先を素手で握る。
「生き残るという結末を、先に確定する力だ。神が毒を盛ろうと、世界から消そうと、その前提は変わらない」
セラフィオンが槍を引こうとする。だが確定した結末に敗北した神力が、刃の内部で逆流した。
神槍〈終典〉が砕けた。