私を消す修正

時間修復官の万城目朔弥は、改変された過去を元へ戻す仕事をしていた。道路標識の一文字、送信されなかったメール、遅れた電車。小さな変更が積み重なると、現在には「継ぎ目」が現れる。建物の階数が朝夕で変わり、昨日までいた人が戸籍ごと消える。朔弥の同僚も一人ずつ記憶から抜け落ち、机だけが残った。修復AIは、あと数時間で出生記録同士が矛盾し、人類の半数が「生まれたことにも、生まれなかったことにもなる」と警告した。

最大規模の崩壊が始まった日、修復AIは起点を一件に絞った。三十五年前、駅の案内放送が改ざんされ、本来なら乗らないホームへ一人の女性が向かった。そこで男性と出会い、結婚し、子どもを産んだ。

子どもの名は、万城目朔弥。

改ざんしたのは母だった。若いころ、別の列車で事故に遭う未来を予測サービスから知らされ、案内放送を書き換えたのだ。自分を救うための違法な過去修正が、朔弥を生んだ。

修復AIは告げた。放送を元へ戻せば時空崩壊は止まる。母は事故を免れる別経路が既に確保されるが、父とは出会わず、朔弥は存在しない。

猶予は六時間だった。朔弥は母の家へ行った。母は説明を聞き、怒鳴った。

「世界なんかより、あなたの方が大事」

朔弥は、その言葉を嬉しいと思った。だからこそ、母に世界を壊した人として残ってほしくなかった。

「僕が生まれた三十五年は、間違いだった?」と彼は聞いた。

「そんなわけない」

「なら、消えても間違いにはならない」

朔弥は修復を実行した。最後に母の端末へ、時間外保存領域を使って一通だけ残した。

世界は滑らかになった。母は別の町で、結婚せず、長く図書館に勤めた。息子を持った記録も記憶もなかった。

ある朝、端末に差出人不明の文章が現れた。

――あなたが幸せだった時間は、消えても嘘にはなりません。僕は生まれてよかった。

母は理由も分からず泣いた。そして駅へ行き、本来乗るはずだった列車を一本見送った。

誰にも会わなかった。何も変わらなかった。

ただ、存在しなかった息子のために、三分だけホームへ残った。