空の木箱が迷宮を片づける
世界迷宮の最終主は倒れた。
歓声が上がった直後、迷宮そのものが崩れ始めた。
地下百層に蓄えられていた武器、鉱石、魔物の卵、呪われた財宝が、入口から濁流のように噴き出す。このままでは門前町が埋まる。触れた品は所有権争いを起こし、呪具は持ち主を得た瞬間に発動する。勇者たちは疲れ切り、巨大な収納魔法を使える者はいない。
荷運び人のアデルは、主討伐の参加賞として一度だけ届いた灰色箱を開けた。
中には、さらに小さな空の木箱が入っていた。
【コモン:折り畳み荷箱】
【落とした物を片づけられます】
勇者が乾いた笑いを漏らす。「一個くらいは入るだろうな」
アデルは木箱を迷宮口の正面へ置き、蓋を開けた。
噴き出してくるすべては、最終主が死んだことで主を失った「ドロップ品」だ。そして迷宮そのものも、世界から切り離され、今まさに落ちようとしている。
「持ち主のいない落とし物を、全部」
彼が一度命じると、木箱の中が暗い四角へ変わった。
最初の剣が吸い込まれる。続いて金貨、宝箱、炎を噴く竜卵。大広間ほどの石像まで糸くずのように縮み、箱へ収まる。濁流は町へ一歩も届かず、逆向きの滝となって消えていった。
最後には迷宮の門、階段、地下百層そのものが地面から静かに抜け、箱の中へ折り畳まれた。
跡地には平らな草地だけが残る。
箱の蓋を閉じると、側面に小さな取出口が二つ現れた。一つは討伐参加者へ正当な報酬を配る口。もう一つは、呪いを解除できるまで危険物を保管する口だった。奪い合いも、暴発も起きない。
取出口は、討伐記録に応じて品を選んだ。前衛には折れない盾、治癒師には失った薬草、地図を描き続けた斥候には未発見区画の原本。声の大きさや身分では順番を変えない。
町の広場には、争いの代わりに受取札を確認する静かな列ができた。
アデルは勇者へ最初の報酬札を渡し、自分の分は最後に回した。
灰色だった箱の縁が、宇宙のような黒金へ変わる。
【世界迷宮一基を完全収納・所有権自動精算】
【最高希少度EX《万有整理箱・インベントリ・ゼロ》――世界初取得者アデル】