空室ゼロではない夜

市の女性相談窓口で、田所美禰が午前五時四十分の引き継ぎを始めたとき、最後の電話が鳴った。

「今夜だけ、娘と眠れる場所を探しています」

女性は駅前の明るい場所からかけていた。緊急宿泊の一覧は〈空室ゼロ〉。近隣施設も満室で、後輩は朝九時の相談予約を案内する文面を開いた。

美禰は、今夜の入室記録を一件ずつ見直した。三号室と四号室が、別々の氏名で確保されている。だが生年月日と連絡先は同じだった。夕方の電話予約と、警察からの連絡が同じ女性を別人として登録している。

「この二件は一組です。統合すれば、四号室が空きます」

施設へ確認すると、四号室には大人用のベッドが一台あり、子ども用の簡易寝具も追加できる。美禰は女性へ、場所を電話口で読み上げず、迎えの担当者と合流する目印だけを伝えた。後輩には、相談記録の住所や事情を必要以上に複製しないよう頼んだ。

「空室が出ました」と言うと、女性はすぐには返事をしなかった。やがて、隣で眠そうな子どもの声がした。

「今日だけでも、いいです」

「今日は、そこまでで大丈夫です。朝の担当へ、次の相談をつなぎます」

迎えの車が到着するまで、美禰は回線を切らずに待った。入室確認が届くと、重複予約を統合し、朝の担当者へ一枚の引き継ぎを残した。母子が何を話したかではなく、次に必要な手続きと、連絡してよい時間だけを書いた。自分が日中まで抱え込まなくても、情報が途切れなければ支援は続く。

後輩は、空室一覧へ重複警告が出る条件を提案した。

「私、ゼロって出た時点で終わりだと思いました」

「数字は今の登録。部屋そのものとは、たまにずれる。だから一件だけ戻って見る」

美禰の机には、非常勤から常勤への切替通知があった。ただし条件は月六回の夜勤。体調を崩して辞めた前任者と同じ回数だった。

彼女は断るか、無理に受けるかの二択にしなかった。人事への回答欄へ〈夜勤は月二回まで、日中相談と引き継ぎ改善を兼務する条件で希望〉と入力した。

送信すると、窓の外で始発電車の音がした。