窓を開ける朝

芙由は、家を静かな場所にしたい。緋奈は、家を困った人が息をつける場所にしたい。

その違いのせいで、玄関には「泊まりは月一回まで」という紙が貼られている。

朝六時、緋奈の元同僚が、キャリーケース一つで来た。会社の寮を今朝出てきたという。詳しいことは言わず、「昼まで置いてください」と頭を下げた。

芙由は寝起きのまま、時計を見た。

「事前に連絡は?」

「できなかった」

緋奈が答える。

「本人に聞いてる」

元同僚は俯いた。芙由は、事情を話さない人を部屋へ入れるのが怖い。緋奈は、話せるまで待つ場所が必要だと思っている。

以前、緋奈が知人を三日泊めたとき、芙由は自分の家で息を潜めることになった。緋奈はその窮屈さを十分にわかっていなかったし、芙由も、行く場所のない人に期限を言う重さをわかっていない。

「昼までなら」

芙由は言った。

緋奈はすぐ「ありがとう」と返したが、芙由は礼を言われることにも苛立った。ここは緋奈だけの部屋ではないし、自分が冷たい役を引き受ける前提にもされたくない。

元同僚を浴室へ案内したあと、二人は居間で小声になった。

「昼からどうするの」

「女性支援の窓口を探す」

「勝手に予約しないで。本人が決めることだから」

「じゃあ、選択肢だけ出す」

意見は噛み合わない。

ソファには昨夜の洗濯物が積まれていた。芙由はそれを畳み始めた。緋奈は来客用の布団を出す。元同僚のためだけではなく、二人が昼まで考える場所を作るためだった。

「昼までって言ったよ」

「寝るかもしれない」

「じゃあ、窓際は寒い」

芙由は観葉植物を移し、床を空けた。緋奈が布団を敷き、芙由が枕に新しいタオルを巻く。滞在を認めることと、住み続けてもらうことは違う。二人はその境界を、まだ決めていない。

浴室から水音がする。元同僚のキャリーケースは玄関で雨粒を落としていた。芙由は床に古いタオルを敷き、緋奈は支援窓口の一覧を印刷した。ただし、名前も予約時刻も書き込まなかった。

緋奈がカーテンを開ける。芙由は、閉めていた窓の鍵を外した。朝の冷たい空気が入り、部屋に残っていた昨夜の匂いを押し出す。

二人は同時に窓枠へ手をかけ、もう少しだけ窓を開いた。