竜王の末子は膝を選ぶ
百年ぶりに生まれた竜王の末子は、世界を焼くと予言されていた。
王都の孵化殿には王族、英雄、大神官が集まり、誰が契約者になるか競っていた。黒い卵が割れ、掌に乗るほどの幼竜が現れると、全員が息をのむ。
幼竜は黒い炎を吐いた。
英雄たちは剣へ手をかけ、大神官は結界を張る。だが厩番のロアンには、炎がひどく弱く見えた。幼竜は口を何度も開き、腹をきゅう、と鳴らしている。
仔馬も生まれた直後は、立派な血統書より最初の乳を必要とする。神獣だけが空腹を知らないはずはない。
孵化殿では「竜王の血は人の食物を口にしない」とされ、金や魔石ばかりが供えられていた。
「この子、ただお腹が空いてるんじゃ……」
笑いが起こった。
「末端の厩番が予言へ口を挟むな」
ロアンは返事をせず、仔馬用に温めていた山羊乳を持ってきた。皿を出すと、幼竜は黒炎で弾いた。飲み方が分からないのだ。
そこで清潔な布の端へ乳を含ませ、少し離れた床へ置いた。幼竜は鼻をひくつかせ、布へ噛みつく。乳が口へにじむと、金色の目が丸くなった。
もう一口。さらに一口。
ロアンは布を何度も浸した。急がせず、飲み込むたび喉が動くのを確かめる。腹の音が止まり、幼竜の炎も消える。代わりに喉から、猫のようなごろごろという音が響いた。
王太子が宝石を差し出す。英雄が腕を広げる。大神官が契約呪文を唱える。
幼竜は全員を無視した。
乳の器を持つロアンの靴へよじ登り、服を爪でつかみ、膝まで這い上がる。そこでくるりと三度回って丸くなった。
孵化殿の巨大な契約陣が黒金の光を放ち、ロアンの胸へ竜王の紋章を刻む。
「選ばれたのは……厩番?」
誰かの声が震えた。
ロアンは恐る恐る幼竜の背を撫でた。短い産毛の下にある鱗は、温めた革のように柔らかい。掌ほどだったはずの体は命のぶんだけずっしり重く、膝へ染み込む小さな熱が、世界を焼く炎よりも確かに彼の未来を照らしていた。