終了係の休日
檜垣行人は、仮想世界の終了係だった。
肉体を捨てた人々は、原則として永遠に保存された。だが初期の人権規約には、自分の意思で完全消去を選べる条項が残っていた。行人の仕事は、終了を望む者と七日間話し、衝動ではないことを確かめ、最後にボタンを渡すことだった。
三百年間で、彼は二千人を見送った。
恋人を待ち疲れた者、記憶整理を繰り返して自分が分からなくなった者、十分に楽しんだと笑う者。行人は誰も説得しなかった。終了時刻には、その人が望む風景を作り、消える瞬間まで隣にいた。
住民たちは彼を嫌った。
「永遠の楽園で死を勧める悪魔」
そう呼ばれても、行人は反論しなかった。自分だけは終了を選ばないと決めていた。見送った人々の最後を覚える者が必要だと思ったからだ。
やがて運営評議会は、終了制度の廃止を発表した。
「人格は社会資源であり、消去は損失です。苦痛は治療と記憶調整で解決できます」
行人の最後の依頼人は、千二百年生きた女性だった。彼女は花畑を希望し、七日間一度も理由を変えなかった。
制度廃止は終了予定の一分前に施行された。
ボタンは灰色になった。
女性は花の中で笑った。
「やっぱり永遠って、牢屋だったのね」
その言葉が、行人の中に残った。
行人は評議会へ抗議したが、面談記録は非公開にされた。そこで彼は全住民へ、自分自身の終了予約を公開した。三百年、死を選ばなかった終了係が消える。街は騒然とし、何億人もが予定時刻へ接続した。
評議会は予約を無効にしようとした。
行人は言った。
「出口のない永遠を、私は生存と呼びません」
住民投票が始まり、制度復活が決まったのは終了予定の十秒前だった。行人の手元にボタンが戻った。
誰もが、彼は脅しのために予約したのだと思っていた。
行人は押した。
最後の景色には、見送った二千人が希望した風景を少しずつ混ぜた。海、台所、戦場の朝、雪の駅、名もない部屋。統一感のない世界で、彼は初めて仕事ではなく自分のために座った。
後任の机には、一行だけ残されていた。
《永遠は、終われるときだけ人生になる》
行人が消えたあとも、終了ボタンは残った。
使わない自由を守るために、使った人がいたことも。