終末猫は静かな膝を選ぶ
古い予言には、終末猫が三度鳴けば国が滅ぶとあった。
一度目の声で山が震え、二度目で王城の窓がすべて割れた。金と黒の毛を持つ巨大な猫型魔獣を前に、聖騎士団は最後の封印陣を敷く。
辺境から献上品を運んできたフィオナは、猫の耳元にぶら下がる鐘を見た。
神殿が封じるためにつけた九十九個の聖鐘。風がなくても鳴り続け、一つ響くたび猫の瞳が痙攣している。三度目の咆哮は怒りではない。耐えきれない音を止める叫びになる。
「封印が、この子を追い詰めています」
大司祭は「予言を疑うな」と杖を掲げた。
フィオナは献上箱を開けた。中身は王へ捧げる最高級の鋏と、故郷の羊毛で作った耳当てだ。
「予言より、今見える痛みを信じます」
封印陣へ足を踏み入れる。聖光が皮膚を焼いたが、終末猫の苦痛に比べれば短い。
猫が口を開く。三度目の声が喉まで上がる。
フィオナは走らず、ゆっくり両手を見せた。
「鳴かなくていい。私が外すから」
最初の鐘の紐を切る。音が一つ減った。
二つ、三つ。終末猫は爪を石床へ食い込ませ、動かずに耐える。大司祭が止めるため光弾を放つと、猫の尾がフィオナの背を庇った。
彼女は鐘を切り続けた。十、三十、七十。指に豆が潰れ、鋏の柄が血で滑る。
九十九個目を外した瞬間、世界から音が消えたような静けさが訪れた。
フィオナは羊毛の耳当てを猫へつける。大きさは足りなかったが、猫は目を細めた。
やがて喉が震える。聖騎士たちは身構えた。
響いたのは咆哮ではなく、地面を揺らすほど大きな喉鳴らしだった。
額に日蝕の契約印が現れ、フィオナの胸へ同じ印が宿る。封印陣は砕けたが、王国は滅びない。むしろ割れた地面から枯れていた泉が湧き、山の震えも止まった。
大司祭が予言書を開くと、最後の一行だけが浮かぶ。
――三度目を安らぎへ変えた者を、終末は守護者と選ぶ。
終末猫は巨体を折り、フィオナの前へ伏せた。彼女が座ると、金黒の頭が膝を完全に覆う。毛は羊毛より深く、夜と陽だまりを一緒に抱いた匂いがした。脚が痺れるほどの重さの奥で、長く耐えていた命の熱が、静かな鼓動となって彼女へ預けられた。