終焉竜のお宿
終焉竜が辺境の宿へ降りた。
黒い綿毛に覆われた竜は、翼を畳んでも丘ほどある。予言では、その咆哮を聞いた国は朝を迎えない。街道の旅人は荷物を捨て、討伐騎士まで馬を返した。
古宿の主人ハルドだけが、玄関先に椅子を出した。
七十年も客商売をしていると、怒っている者と疲れている者の違いくらい分かる。
竜は宿を焼かず、看板も踏まないよう前脚を何度も置き直していた。喉の唸りも、誰かを脅す音というより、肩の痛みに耐える呻きだ。入口の「空室」の札へ鼻先を向けたまま、ただ動けずにいる。
終焉竜は唸りながら、何度も肩を柱へ擦っていた。
綿毛の下で、金色の帯が食い込んでいる。英雄が神獣を従えるために使う制御具だ。表には祝福文字、裏には逆向きの棘が並んでいた。
「泊まりたいなら、まず厄介な荷物を下ろさんとな」
ハルドは薪割り鉈と油差しを持って近づいた。
竜の瞳が開く。赤い光だけで窓硝子が鳴った。
「怖くないとは言わん。だが、宿の前で困っている客を放る方が寝覚めが悪い」
終焉竜は口を開いた。
騎士たちが遠くで伏せる。
吐き出されたのは炎ではなく、長いため息だった。
巨体が地へ沈み、肩がハルドの手の届く高さまで下がる。
彼は綿毛を分けた。帯の下は擦り切れ、棘が皮膚へ食い込んでいる。油で留め具を緩め、鉈の背で金具を叩く。
一つ目が外れる。
竜の翼が震えた。
二つ目。三つ目。
最後の帯を切ると、金の制御具が地面へ落ち、黒い煙になって消えた。
終焉竜は立ち上がり、天へ向かって咆哮した。
雲が割れ、地平から朝日が差す。国を終わらせる声ではなく、夜を終わらせる声だった。
討伐騎士が進み出て「王都へお連れする」と叫ぶ。
竜は尻尾で街道を塞ぎ、古宿の前へ丸くなった。
さらに爪先で「空室」の札を裏返し、「満室」にした。討伐騎士たちが呆然とする中、ハルドは腹を抱えて笑った。
「部屋には入らんぞ」
ハルドが言うと、巨大な頭だけが玄関へ滑り込み、彼の膝へ顎を置いた。椅子が悲鳴を上げる。
黒い綿毛は夜空のように深く、腕を沈めても皮膚へ届かない。朝日を吸った毛の内側から、暖炉を十個焚いたような熱が伝わる。
ハルドは潰れそうな膝を笑い、今日最初の客の重みを両手で受け止めた。