続きは口で
大豆生田蔵人と彼女は、二年間交換日記を続けていた。
同じクラスで、席も遠くない。それでも学校ではほとんど話さない。蔵人は言葉を選ぶのが遅く、彼女は返事を待つのが苦手だった。口で話すと、いつも途中ですれ違う。
日記なら、考えてから渡せる。
――今日、無視した?
――聞こえなかった。
――三回呼んだ。
――一回目は本当に聞こえなかった。二回目は返事を考えた。三回目は怒ってると思って怖くなった。
――そういうのを無視と言う。
文字だと喧嘩にも結論がついた。
ノートは十一冊になった。
十二冊目を買う日、彼女が言った。
「もう、やめない?」
蔵人は理由を聞けなかった。
好きな人ができたのかもしれない。面倒になったのかもしれない。二年間、話す練習をしないまま、書くことへ逃げていたのかもしれない。
最後のノートは、残り一頁だった。
蔵人は家で何度も書き直した。
――わかった。
――今までありがとう。
――これからも友達で。
どれも別れの文に見えた。
翌朝、白いまま渡した。
放課後、返ってきた頁には一行だけあった。
――明日の昼休み、続きは口で。
次の日、屋上へ続く階段の前で待ち合わせた。屋上は施錠されているので、踊り場へ座る。
彼女は購買のパンを二つ持ってきた。
「どっち」
「何が」
「焼きそばとクリーム」
「どっちでも」
「日記なら三行使って選ぶのに」
「焼きそば」
彼女が笑った。
最初の会話は、パンの味だった。次は数学の宿題。担任の寝癖。廊下に貼られた進路希望の紙。
大事な話へなかなか進まない。
チャイムまであと五分になり、蔵人は訊いた。
「日記、嫌になった?」
「違う」
「じゃあ、どうして」
「蔵人の声を忘れそうだったから」
返事を考える。
いつもなら日記を持ち帰り、一晩使える。今は彼女が目の前で待っている。
蔵人は黙った。
彼女が急かさない。
初めて、待ってくれた。
「俺も」と蔵人は言った。
「何が?」
「字のほうが、俺よりうまく話すのが嫌だった」
「それ、褒めてる?」
「たぶん」
「たぶんは禁止」
そんな決まりはなかった。けれど二人は笑った。
昼休みの終わり、彼女は最後のノートを差し出した。
「持ってて」
「次は?」
「明日もここ」
「雨だったら」
「教室で話す」
「人がいる」
「小さい声で」
蔵人は頷いた。
階段を下りながら、二人の会話は何度も途切れた。沈黙になるたび、以前なら不安になった。今は、次の言葉を一緒に待つ時間だとわかった。
十二冊目は買わなかった。
最後の一頁も白いまま残った。
書かなかった続きは、毎日の廊下や昼休みへ散らばり、どのノートより長くなった。