置き配可の白い札
真壁郁海が一日だけ自宅へ戻ってしたいことは、玄関に「置き配可」の札を貼ることだった。
同居人は平日の昼間、会社にいる。これまでは在宅で働く郁海が荷物を受け取っていた。入院してから不在票が増え、同居人は帰宅後に営業所まで自転車を走らせている。宅配ボックスを置く場所はないが、管理会社へ確認すると、玄関脇のくぼみなら置き配を頼めるという。
病院を出る前、郁海は通販で札を探した。猫の絵、花柄、丁寧すぎる文章。どれも目立ちすぎた。結局、白地に黒字で「置き配可 インターホン不要」とだけ印刷された耐水シールを買い、コンビニ受け取りにした。今日の用事は、それを受け取って貼ることだ。
コンビニの端末で番号を入力する。指が一桁ずれ、最初からやり直した。店員から渡された封筒は、薬袋より薄かった。
自宅の玄関扉には、古い宅配便の伝票跡が二つ残っていた。郁海は水で濡らした布を当て、粘着をふやかす。端から擦ると灰色の塊になり、爪へついた。病院へ戻る時刻まで二時間。札を貼るだけなのに、下地をきれいにするほうが長い。
同居人は掃除用アルコールを持ってきた。
「そのままでも貼れるでしょ」
「剥がれたら、また受け取れないから」
「新しいの買えばいい」
郁海は返事をせず、扉の水分を乾いた布で拭いた。新しいものを買う人が自分ではないと、わざわざ言う必要はない。
貼る位置はインターホンの下にした。高すぎると配達員が見落とし、低すぎると雨が当たる。定規で測るほどではないが、傾くのは嫌だった。マスキングテープを横へ一本貼り、その線に合わせる。
剥離紙を半分だけめくり、左端から扉へ当てる。白い札の中へ空気が入り、小さな泡が一つできた。郁海は一度剥がしかけたが、角が伸びそうでやめた。カードの縁を使い、中央から外へゆっくり押す。
同居人は室内から段ボールを一箱持ってきて、くぼみへ置いた。札が配達員の目線から見えるか確かめるためらしい。郁海は廊下の端まで下がり、黒い文字を読んだ。十分見える。
最後の気泡だけが右下に残っていた。郁海は親指で端へ送り、白い札を扉へ平らに貼りつけた。