聖剣に捧げる最後の献立
聖王アーヴェルが料理人レンヴァを国外へ追放した翌日、王国軍は魔王城の門前へ立った。
聖王が剣を掲げる。いつもなら刃を包む金色の炎が、現れない。
「聖句を!」
神官が唱え直す。宝石も交換する。だが聖剣は錆びた鉄のように黙ったままだった。魔王軍の門が開き始め、王国軍に動揺が走る。
前夜祭で、アーヴェルたちは豪華な肉と酒を食べた。追放されたレンヴァが毎回出していた、固い黒パンと苦い野草汁は捨てられた。
聖剣の契約は、剣だけで結ばれるものではなかった。初代勇者が民と同じ粗食を口にし、「飢えた者のために振るう」と誓った時、その献立ごと儀式になった。黒パン、野草汁、最後に一粒の塩。順番を守り、王が自分で皿を運ぶことで、聖剣は主を選ぶ。
レンヴァは古い厨房記録からそれを読み解き、十年間、黙って前夜の食卓を整えていた。アーヴェルは料理を貧相だと嫌い、勝利に相応しい宮廷料理へ替えた。反対したレンヴァを、魔王への敬意を欠くとして追放した。
最初の一振りすらできず、王国軍は退却した。
同じ日、国境の難民街でレンヴァは黒パンを焼いていた。家を失った者、元敵国の兵、親を亡くした子。百人が同じ鍋の野草汁を分け合う。
食べ終えた少女が木剣を掲げ、弟の前へ立った。木の刃に一瞬だけ、金色の光が灯った。
難民街の代表は息を呑み、レンヴァへ倉庫の鍵を差し出した。
「王を選ぶ料理ではない。誰かを守ろうとする者を、剣の主にする料理なのですね」
彼は〈誓約食管理人〉として迎えられた。食卓に上座はなく、レンヴァ自身も皆と同じ列へ座った。
夕刻、王国の勅使が白旗を掲げて来た。
「陛下は追放令を撤回される。明夜の再出陣までに、聖剣の献立を用意せよ。成功すれば宮廷料理長の位を与える」
レンヴァは難民街の鍵を腰へ結んだ。
「位が欲しくて作っていたのではありません」
「王国が滅びてもよいのか!」
「守ると誓う相手を、まず食卓へ迎えるべきです」
彼は最後の黒パンを少女へ渡し、勅使へ告げた。
「王国との奉職契約は、私を国境の外へ出した時点で終了しています」