職業欄の空白

沢渡佳南は、父と駅の立ち食いうどんを食べていた。

テーブルには、転職エージェントから渡された登録票がある。父が勝手に予約した面談の前に、「希望職種だけでも書け」と持ってきたのだ。

佳南は三か月前に出版社を辞めた。次の仕事はまだ決めていない。眠れるようになり、朝に味が分かるようになったばかりだった。

「空白が長いほど不利になる」

父は天かすを足しながら言った。

「今は休む」

「休むのは次を決めてからにしろ」

「次を決めないで休むの」

登録票の職業欄には、父の鉛筆で〈広報・編集・安定企業希望〉と薄く書かれていた。高校の進路票にも、父は同じように候補を三つ書いた。佳南が迷うたび、空欄は父の答えで埋められた。

佳南は消しゴムを取り出し、文字を消した。

「せめて半年後の目標を決めろ」

「半年後に決めるかもしれない」

「何もしない人間になるぞ」

佳南はうどんの汁をひと口飲んだ。以前なら、何を学ぶか、どの資格を取るか、父を安心させる予定を急いで並べた。今日は空白を守るために来た。

「毎週、仕事が決まったか聞くのをやめて。連絡は月に一回、私からする」

「親が気にかけるのも駄目なのか」

「気にかけるのは自由。でも、質問として私に渡さないで」

父は登録票を取り上げようとした。佳南は自分の鞄へしまう。

「面談もキャンセルする。私の名前で予約しないで」

「辞めたことを責めてるんじゃない」

「辞めたあとまで、お父さんの進路表に戻したくないだけ」

食べ終えるころ、父は自分のうどんへ入れすぎた天かすを箸で集めていた。

「金は、大丈夫なのか」

「半年分ある。必要になったら相談する」

父は頷きかけて、何か言うのをやめた。

別れ際、「来月まで聞かない」と言った。

許可でも謝罪でもなかった。それでも期限を守る約束にはなった。

佳南は帰宅して、登録票を机の引き出しへ入れた。捨てなかったのは、いつか使うかもしれないからではない。何も書かれていない欄を、今の自分の選択として残しておきたかったからだ。