脚が五本ある椅子

二つの生活を同時に続ける者には、脚が一本多い椅子が支給される。

五本目は床へ触れず、選ばなかった方角を指す。どちらか一つの生活を終えると決めた夜、本人が五本目を切る。切り離した脚は、捨てる生活の場所へ夜明け前に置かなければならない。残った椅子は日の出まで動かしてはいけない。決め直す場合、新しい脚を足すことはできるが、前の脚は戻らない。

糸魚川の部屋には、五本脚の木の椅子があった。余分な一本だけ材質が違い、会社の会議室と同じ灰色の樹脂でできている。海辺から戻ると塩の粒がつき、出勤後には社員食堂の匂いがした。

平日は都内の会社で設計をし、週末は海辺の町で小さな劇団の音響を手伝っている。町には恋人が住み、「いつかこっちへ来る」という言葉を三年待っていた。会社からは正社員登用と転勤の話が出た。受ければ収入は安定するが、町へ通える距離ではなくなる。

五本目の脚は、毎晩方角を変えた。残業した日は海を指し、町から戻った日は会社を指した。どちらにいても、もう一方を選ばない理由ばかり上手になった。

回答期限の夜、恋人から電話が来た。

「決めた結果じゃなくて、決めたかどうかだけ教えて」

糸魚川は五本脚の椅子へ座った。四本は床を支え、一本だけ宙に浮いている。安定しているのに、身体は少しも休まらなかった。

電話を切った後、工具箱から鋸を出した。

どの脚が余分かは、触れば分かった。木は温かく、会社の入館ゲートと同じ周期で小さく震えている。糸魚川は夜中までかけて切った。断面から木屑ではなく、細いタイムカードが何枚もこぼれた。すべて退勤時刻だけ空欄だった。

彼は切った脚を抱え、始発前の会社へ行った。退職届は警備室の箱へ入れた。五本目は正面玄関の傘立てへ置き、自分の社員証を首のように掛けた。

部屋へ戻ると、四本脚になった椅子が朝日を受けていた。恋人への返事はまだ送っていない。仕事を捨てたことと、町で生きられることは同じではない。それでも座ると、今度は床がきちんと身体を返した。

会社の始業時刻、無人の玄関で傘立てだけが一度鳴った。

雨に濡れていない木の脚が一本、社員証を下げたまま、出勤する傘の列にまっすぐ立っていた。