花火が終わった後の返事
「好き」と言われたのは、花火が一番大きく開いた瞬間だった。
聞こえなかったふりをした。
本当は、口の形で分かった。同じクラスで二年間、毎日話してきた相手の言葉だから、音がなくても読めた。
彼女は僕の返事を待った。
けれど次の花火が上がり、友達が間へ入り、屋台で買った飲み物を渡された。僕は答える機会を失った。
それから一時間、僕らはクラスの輪の中にいた。
彼女はいつもどおり笑った。淡い緑の浴衣が、花火のたび違う色に染まった。僕もいつもどおり話した。
ただ、二人きりになる瞬間だけが、うまく避けられていた。
花火が終わり、帰る人が一斉に立った。
「先に行くね」
彼女は友達と駅へ向かおうとした。
僕は袖をつかんだ。
「少し待って」
周囲のざわめきが遠ざかる。河原には煙と、捨てられた光る腕輪が残っていた。
彼女は空を見た。
「もう終わったよ」
「だから」
「何が」
怖かった。
返事をすれば、明日から関係が変わる。断っても、受け入れても、今までと同じ雑談はできなくなるかもしれない。
けれど、聞こえなかったふりを続ければ、彼女だけが言葉を置き去りにする。
「さっきの、聞こえてた」
彼女の肩が動いた。
「花火で消えたと思った」
「音は消えた」
「じゃあ、どうして」
「君の口、見てたから」
彼女は顔を伏せた。
「ずるい。返事しなかったくせに」
「ごめん」
「今さら聞き間違いって言っても遅いよ」
「言わない」
僕は一度息を吸った。
花火がない夜空は暗かった。歓声も、音楽もない。たった一つの返事を隠してくれるものは何もなかった。
「僕も好き」
彼女はしばらく黙っていた。
遠くで屋台を片づける金属音がした。川の水が流れる音まで聞こえる。
「もう一回」
「何で」
「さっきは花火で聞こえなかったから」
「今、花火ないだろ」
「いいから」
僕は同じ言葉を繰り返した。
彼女はようやく笑った。
帰り道、人混みはまだ残っていた。僕が手を差し出すと、彼女はすぐに握った。
「はぐれないため?」
「返事の続き」
駅のホームに着くまで、僕らは何度も話した。明日からどうするか。クラスにはいつ言うか。最初にどこへ行くか。
けれど一番覚えているのは、花火が終わったあとの静けさだ。
大きな音に消された言葉より、何も鳴っていない場所で返した声のほうが、ずっと胸に残った。