蛍は手ぶらで読む

妻が亡くなってから、父は何でも撮影するようになった。

息子の運動会、夕食、寝癖。

忘れるのが怖く、画面を通さずに見る時間が減った。

夏、二人で蛍の里へ行った。

父は三脚、予備電池、望遠レンズを背負っている。

入口で、蛍語を訳す透明な目薬を一滴ずつ差した。

案内板には一つだけ注意があった。

「両手に何も持っていない間だけ、三度の点滅が一語になります」

父はカメラを構えたまま待った。

光はきれいだが、言葉にはならない。

息子が手を空にして立つ。

蛍が三度光った。

「暗い」

次の三度。

「ここ」

さらに。

「となり」

息子は笑った。

「何て言ってると思う?」

父には聞こえない。

カメラを離せないからだ。

妻は病気になる前、

「撮るより見て」

と何度も言った。

父は、映像に残せば後で一緒に見られると答えた。

後で見る人がいなくなるとは思わなかった。

その夜も、妻へ見せられなかった分まで撮りたいと思っていた。

蛍が集まり、川辺がゆっくり明滅した。

息子は両手を広げている。

父はファインダーの中で、その横顔を美しく切り取った。

「お父さん」

呼ばれても録画を止めない。

「今、何て言った?」

息子の声が少し怒っていた。

父はカメラを地面へ置いた。

両手が空になる。

三度の光。

「見る」

次。

「消える」

次。

「また」

蛍は記憶や家族について語っているのではない。

光る、消える、また光る。

自分たちのことを言っているだけだ。

それでも父の胸へ届いた。

消えるから記録するのではなく、消えるまで見ている時間も必要だった。

二人は手ぶらで川辺に立った。

息子が父の手を握る。

片手がふさがったが、持っている物ではないためか、蛍の言葉は聞こえ続けた。

「二つ」

「温かい」

「動かない」

父は泣き、息子は何も言わなかった。

帰宅後、撮影した映像を確認する。

最初の数分しか残っていない。

カメラを置いたあとの蛍も、息子と手をつないだことも、記録にはなかった。

「忘れたらどうする」

父が尋ねると、息子は言った。

「僕が覚えてたら教える。僕が忘れたら、また見に行く」

翌年も二人で蛍を見た。

父は小さなカメラを鞄へ入れたが、一度も出さなかった。

三度の点滅はもう言葉にならない。

それでも光が消えるたび、父は次を急がず待てる。

思い出は、保存できた瞬間だけでなく、誰かと手ぶらで待った暗闇にも残るのだった。