表札は鉛筆で

閉園した小さな保育所が、行き場のない若者の共同生活所になった。看板には、消えかけた動物の絵と、昔の園名が残っている。近所から「何の建物か分からず怖い」と苦情が来て、入口を塗り直すことになった。

新田絢真と郷田瑞紀は、看板を外して紙やすりをかけた。古い文字を削るたび、黄色い塗料の下から青や緑が現れた。

「新しい名前、決まった?」

「候補はある。『余白』とか」

「施設っぽい」

「じゃあ何がいい」

「名前なし」

絢真は、来月までいるか分からなかった。実家を出てから、住所が変わるたび知人へ説明するのに疲れた。名前が付けば、なくなったときに惜しくなる。

二人は結局、表に白い家の輪郭だけを描いた。文字は入れない。瑞紀が屋根を塗り、絢真が窓を二つ描く。一つは少し曲がったが、直さなかった。

乾かす間、裏面を見ると、保育所時代の園児名が鉛筆で何人も書かれていた。背丈を測った日付や、引っ越した月もある。瑞紀は空いた場所へ、今いる住人の名字を小さく書き始めた。

「消せるように?」

「増えたら詰めるため」

絢真の名字だけ書かれなかった。彼が頼んだわけではない。瑞紀は鉛筆を置き、看板を持ち上げた。

二人で入口へ戻し、ねじを四本締めた。白い家だけの看板は、何の場所かやはり分かりにくい。それでも、夜に帰ってくる者には目印になった。

夕方、仕事から戻った住人たちは、白い家の絵を見て足を止めた。「窓が曲がってる」「煙突がない」と好き勝手に言い、最後には濡れた傘を看板の下へ並べた。苦情がなくなるかは分からない。正式な認可も、来月の家賃も決まっていない。それでも暗い道から見える白い輪郭は、帰る方向だけは間違えさせなかった。

翌朝、近所の老人が看板を見て「ここだったか」と宅配便を案内した。絢真は受け取った箱を、名字の並ぶ裏側ではなく、皆のいる食卓へ運んだ。

老人が去り、瑞紀が中へ入ってから、絢真は看板をもう一度外した。裏の余白に〈新田〉と書き、日付は入れなかった。鉛筆を玄関の靴箱へ置き、看板を元通りに締め直した。