見せない詩の続き
放課後、校門が閉まりかけたところで、私は教室にノートを忘れたことに気づいた。
明日でもよかった。
けれどそのノートには、授業中に書いた詩があった。誰にも見せるつもりはない。机の中に置いたまま、朝の清掃で見つかることだけが怖かった。
用務員さんに頭を下げ、校舎へ戻る。
廊下は、昼と同じ場所なのに別の建物のようだった。部活動も終わり、教室の声がない。非常灯だけが床を青く照らしている。
二階の角を曲がると、人影がいた。
同じクラスの子だった。
「何してるの」
「忘れ物」
「私も」
彼女が持っていたのは、私のノートだった。
「机から落ちてた」
「読んだ?」
「名前だけ」
「中は」
「読んでない」
受け取ろうとすると、彼女は少しだけ手を引いた。
「でも、表紙に『誰にも見せない』って書いてある」
「だから読まないで」
「見せないものに、何で名前書くの」
「なくしたとき戻るように」
「戻ってきた」
ノートを渡される。
胸へ抱えた瞬間、中身を読まれたかどうかより、彼女がわざわざ教室に残って拾ったことのほうが気になった。
「そっちの忘れ物は?」
「これ」
「私の?」
「届けるの忘れて、校門まで行った」
「じゃあ自分の忘れ物じゃない」
「忘れた用事」
二人で階段を下りた。
玄関の照明も消え、ガラスの向こうで用務員さんが門を押さえて待っている。
外へ出たところで、重い金属の音がした。
ガシャン。
校門が閉まる。
その音を背中で聞くと、一日が本当に終わった気がした。
「詩、書くんだ」
彼女が言う。
「読んでるじゃん」
「表紙の裏に一行だけ見えた」
「どこまで」
「『放課後は』まで」
「そこだけ?」
「続き、何」
「誰にも見せない」
「じゃあ、次に忘れたら読む」
「もう忘れない」
「残念」
分かれ道まで歩いた。
彼女は右、私は左。
手を振る前に、ノートを開いた。
書きかけの一行は、
『放課後は、学校が誰のものでもなくなる時間だ』
そこで止まっていた。
私はその下へ書き足した。
『ただし、忘れ物を拾ってくれる人を除く。』
翌朝、彼女の机へノートを一度だけ置いた。
見せないはずの詩を、最初に読ませた。
何年たっても、放課後を思い出すとき、夕焼けより先に校門の音がする。
閉じ込める音ではない。
二人を同じ帰り道へ押し出した、重くてやさしい合図だった。