見送りではなく迎えに
「見送りには行かないから」
秋月佐和音は、金沢支社へ転勤する松岡颯真へ早くからそう宣言していた。
駅で手を振るのが苦手だった。列車が動き出す瞬間、残される側になるのが怖い。颯真も理由を聞かず、「分かった」と笑った。
二人は同期で、休日もよく会う。周囲から付き合っているのかと聞かれれば、佐和音が先に「違う」と答えた。違うと言っておけば、転勤で離れても失恋にはならないと思っていた。
出発当日、佐和音はいつも通り自宅にいるふりをした。颯真から《行ってきます》と届いたメッセージにも、猫のスタンプだけを返した。
前夜、彼の部屋で最後の段ボールを閉じたときも、佐和音は「向こうで困らないようにね」としか言えなかった。颯真はいつものように駅まで送ろうとしたが、もうその駅から彼が戻ってこない気がして断った。玄関の扉が閉まったあと、佐和音はすぐに金沢行きの始発を予約した。
けれど実際には、彼より二時間早い列車へ乗っていた。
金沢駅の改札前。佐和音は小さな鞄を抱え、到着表示を何度も見上げた。颯真の列車が着き、人の波の中から大きな段ボールを抱えた彼が現れる。
目が合うと、颯真は立ち止まった。
「見送りには行かないって」
「行ってない。迎えに来たの」
佐和音は彼の荷物を一つ奪い、代わりに空いた手を取った。驚いている指へ、自分の指を絡める。
スマホには、今日のホテルと明日の街歩き、来月から三回分の金沢行きが入っていた。次の月は颯真が東京へ戻る予定。どちらか一人が通う形にはしていない。
「全部、予約したの?」
「颯真が新しい町で最初に会う人になりたかったから」
名前で呼ぶと、彼は荷物を床へ置いた。つないだ手を両手で包み、佐和音の予定表へその先の週末を一つ追加する。
件名は《佐和音を迎えに行く日》。
二人は改札を出ても手を離さなかった。新しい町の地図を開き、まず同じ方向へ歩き出す。
見送りには行かない。
その言葉は別れを避けるためではなく、これから何度でも迎えに行くという約束になった。