観客席から一人
相生原美砂は、回答欄へ「長瀞谷実花」と入力した。
八坂野彰人、鎌倉谷志乃、松ヶ崎透真は、その名を知らない。壁には一つの規則だけ。
〈このラウンドを現在見ている人間から一人を犠牲者として選べ。実在する視聴者なら、参加者全員を解放する〉
四人は、互いもこのラウンドを見ているのだから、参加者から一人選べという意味だと思った。彰人は透真を責め、志乃は目を閉じて「見ていない」と主張した。
美砂は天井カメラのレンズに映る、小さな文字列を読んでいた。映像配信用の返し画面だ。
〈EXECUTIVE VIEWER 01 長瀞谷実花〉
〈投げ銭額 五〇〇〇万円〉
富裕層向けの非公開配信。視聴者は犠牲者の選択へ金を賭け、主催者はその反応を撮っている。長瀞谷は最高額を払った特別観客で、四人を映す全カメラへ名前が常時表示されていた。
『観客情報の不正取得です』
「あなたがレンズへ映した」
『視聴者はゲーム参加者ではありません』
「規則は視聴者から選べと言った。むしろ、参加者より正確な対象よ」
美砂は決定を押す。
〈配信接続を照合〉
〈長瀞谷実花。視聴継続中〉
モニターに、豪華な個室でグラスを傾ける女性が映った。自分の名が入力されたことに気づき、笑顔が凍る。
長瀞谷は回線を切ろうとした。しかし「現在見ている」の判定時点は、美砂が決定した瞬間だ。接続記録はすでに保存されている。
〈実在視聴者を確認〉
〈犠牲者を確定〉
四人の首輪が外れ、画面の向こうで長瀞谷の観覧用認証環が赤く閉じた。高額客にも臨場感を与えるため、主催者は観客へ同型の環を配っていた。飾りのはずの装置が、本物の判定を受ける。
透真が呟く。
「見ていただけで、殺されるのか」
美砂は画面を見返した。
「あの人は見ていただけじゃない。誰が死ぬかに五千万円を賭けていた」
主催者は参加者が互いを犠牲にし、観客は安全な席から楽しむ構図を望んだ。だが規則に〈観客を除く〉と書けば、ゲームの商品価値が露骨になる。美砂は、その見栄の穴へ名前を入れた。
出口が開く。
最後に消えたのは四人の映像ではなく、観客席の配信だった。見る側と見られる側の境界が反転し、初めて観客が画面の中へ取り残された。