詰め替え口の波
シャンプーのポンプを押すと、空気だけが二度鳴った。
余命を告げられて家へ戻った羽鳥苑子は、洗面台の下から詰め替え袋を出した。
ボトルは朝から空だった。恋人が最後の一回を水で薄め、「夜、入れとく」と言ったが、詰め替え袋は洗面台の下に置かれたままになっている。苑子は病院へ行く前、帰ったらやると答えた。
玄関で靴を脱ぎ、病院の封筒を食卓へ置く。恋人は遅番で、帰るのは十一時。伝える言葉を考える時間はある。苑子はその前に、朝の約束だけ終わらせることにした。
浴室へ入り、空のボトルを持ち上げる。底には薄い泡が残り、水を入れればあと一度は使えそうだった。けれど薄めたまま置くと傷みやすい、と以前美容師に言われた。苑子はポンプを外し、中の水を捨てる。
ボトルをすすぎ、逆さにして水を切る。完全に乾くまで待つべきか迷ったが、同じ製品の詰め替えなので、布巾で内側の届くところだけ拭いた。
新しい袋は、恋人が香りを間違えないよう同じ色を選んで買ったものだった。袋の切り口には点線がある。手で切ると斜めになり、前は半分こぼした。今日は台所ばさみを使い、点線の端からまっすぐ切った。
注ぎ口をボトルへ差し込む。袋を傾けると、とろりとした液が音もなく落ちた。透明な側面の底から、乳白色がゆっくり上がってくる。
医師は、長くて半年、と言った。苑子は袋の「約二か月分」という表示を見た。二か月後にまた詰め替える人が自分かどうか、今は決めなくていい。一本分を、こぼさず入れる。それだけだった。
残りが少なくなると、袋の中へ空気が入り、ぼこ、と鳴った。苑子は下から折りたたみ、指で液を切り口へ送る。最後の一滴が縁にとどまり、落ちない。
袋を細く巻き、両手で押す。白い滴が伸び、ボトルの中へ離れた。
苑子は切り口をティッシュで拭き、空袋を小さく畳む。ポンプの管についた水滴を拭き、ボトルへ差し込む。ねじ山がずれないよう一度戻してから締めた。二度押すと空気だけが出て、三度目に白い泡が掌へ乗った。
ボトルを浴室の棚へ戻す。底が濡れた棚に触れ、まっすぐ立った。