買わなかった最後の一年

舎人縫は、夫・鷹彦のために一年を買う金を貯めていた。

鷹彦は難病で、毎年一月一日に寿命を一年追加すれば生きられる。値段は年々上がった。最初は車を売り、次は家を売り、七年目には縫が自分の五年を売った。

八年目、政府は寿命売買の廃止を決めた。大晦日が最後の取引日になる。

縫の口座には、ぎりぎり一年分あった。これを買えば鷹彦は来年も生きる。再来年はもう買えない。

二人は最後の夜を病室で過ごした。

「買わなくていい」

鷹彦が言った。

縫は怒った。

「そのために全部売ったのよ」

「だからだ。君はもう、自分の年を五年も払った」

「夫婦なんだから」

「夫婦だから、終わりを相談したい」

鷹彦は、同じ病棟の清掃員の話をした。彼女は息子の学費のため、翌日から売れなくなる三年を今夜売ろうとしている。健康な三十代の三年は、鷹彦の病気の一年より安い。

「その人の三年を買って、僕に入れることもできる」

縫は言った。

「でも買わずに金だけ渡せば、彼女は三年を売らずに済む」

鷹彦はうなずいた。

縫は拒んだ。知らない人の三年より、夫の一年が大切だった。正しさで愛情を奪われたくなかった。

零時まで二時間。二人は黙っていた。

鷹彦が眠り、縫は購入画面を開いた。〈残り時間 一時間五十二分〉。押せば一年、押さなければ朝までかもしれない。

そのとき清掃員が床を拭きに来た。目を赤くしていた。

「売れましたか」

縫が尋ねると、女性は首を振った。

「息子に知られて、口座を止められました。大学は諦めるって」

縫は突然、自分と同じ顔を見た気がした。誰かの未来を守るため、その人が望んでいない年月まで差し出そうとする顔だった。

零時十分前、鷹彦が目を開けた。

「決めた?」

縫は購入を取り消した。清掃員へ金を渡したわけでもない。鷹彦と二人で、学費を無利子で貸す契約を結んだ。返済期限は十年後。鷹彦が受け取れなくても、縫が受け取る。

「一年を買わない代わりに、十年後の約束を買った」

鷹彦は笑った。

彼は元日の午後に亡くなった。

縫は何度も後悔した。一年あれば、春も夏もあった。買わなかった選択を美談にはできなかった。

十年後、清掃員の息子が約束通り返済に来た。医師になった彼は、鷹彦の病気を治す新薬の研究に参加していた。

「間に合いませんでした」

彼が言うと、縫はうなずいた。

「そうね。でも約束は間に合った」

最後の一年を買わなかったことで、夫の死は早まったかもしれない。

それでも二人の人生は、零時で取引を終えず、十年後まで一つの約束を残した。