返された指輪の鑑定書

水城谷遥継は、宝石修理店のカウンターで婚約指輪を外した。

「紫帆さんはダイヤモンド会社の令嬢だ。清乃祈には悪いけど、指輪を直す側より、宝石を持つ側のほうが将来は明るい」

九十九里紫帆は大粒の石を見せた。

「この婚約指輪、五千万円です。清乃祈さんが作った小さな石とは、格が違いますね」

榎本原清乃祈は、返された指輪をルーペで見た。

「私の石は小さいけど、鑑定書を見た?」

遥継は見ていなかった。指輪の価格も、清乃祈の仕事も尋ねたことがない。

一週間後、国際宝飾展で新しい人工ダイヤモンド技術が発表された。採掘による環境負荷を減らし、天然石と同じ結晶を短期間で作る技術。世界の自動車、医療、半導体企業が契約を待っていた。

発表者は清乃祈だった。

彼女は修理職人ではなく、人工宝石企業の創業者兼主席研究者。株式の七割を持ち、企業価値は五千億円。店に立っていたのは、祖母の工房を残し、指輪を買う人の気持ちを忘れないためだった。

返された婚約指輪には、清乃祈が作った最初の無欠陥結晶が使われていた。研究史上の試作品として、鑑定額は三億円。彼女は値段を伏せ、遥継が石ではなく自分を選ぶと思っていた。

紫帆は自分の指輪を突き出した。

「私の家の天然石のほうが本物です」

鑑定士が確認すると、石はガラスを張り合わせた模造品だった。紫帆の父の会社も採掘会社ではなく、中古宝飾品の仲介業者。顧客から預かった石を娘が無断で持ち出したため、警察と保険会社の調査が始まっていた。

遥継は清乃祈へ言った。

「三億円の指輪をくれたほど、僕を愛していたんだろ?」

清乃祈は指輪を証拠ケースへ収めた。

「値段を知ってから戻る人に、もう渡す理由はないわ」

海外企業との五千億円規模の供給契約が成立し、試作品の指輪は科学博物館への寄贈が決まった。

鑑定書に〈所有者・榎本原清乃祈〉と確定印が押され、紫帆の偽物が証拠袋へ入った瞬間、遥継は条件の良い宝石令嬢へ乗り換えたつもりで、世界が欲しがる石と、それ以上に価値のある女性を同時に手放した。