通知のない朝

三田村円佳は、毎朝六時に届く未来通知で一日を決めていた。

〈午後、雨。傘を持参〉

〈会議で発言すると評価低下〉

〈十九時の誘いを断れば睡眠良好〉

失敗を避けるうち、円佳の暮らしは滑らかになった。通知が〈混雑〉と告げれば展覧会を諦め、〈口論〉と出れば母からの電話に出ず、〈相性低下〉と出れば恋人へ会う前に別れを送った。遅刻も失恋も大きな損もない。友人には賢い生き方だと言われたが、写真フォルダには予定どおりの食事と空いた電車ばかりが並び、思いがけず撮った一枚がなかった。だが、何を自分で決めたのか思い出せなくなっていた。

三十六歳の誕生日、通知が来なかった。

再起動しても、未来欄は空白だった。通知が存在するのは、受信者が翌日も生きて記録を残す場合だけだと言われている。円佳は、自分が今日死ぬのだと思った。

会社へ行く途中、彼女は電車を降りた。海を見たかった。上司へ欠勤の連絡をし、ずっと謝れなかった妹へ電話した。高価で避けていたケーキを一人で食べ、駅前で転んだ老人を病院まで送った。

夕方、同僚から告白された。いつもなら未来の相性通知を待つところだったが、円佳は「今日は答えられない。でも、明日お茶を飲みたい」と言った。

夜、怖くなって母の家へ行った。二人で鍋を食べ、子どものころの失敗を笑った。円佳は日付が変わる直前、布団の中で泣いた。もっと早く、予告なしに人へ会えばよかったと思った。

午前零時を過ぎても、彼女は生きていた。

翌朝、端末に一件だけ通常通知が届いた。

〈未来通知サービスの停止手続きが完了しました。申請者:未来の三田村円佳〉

未来の自分が、過去への送信をやめたのだった。だから昨日には何も届かなかった。

円佳は再開ボタンへ指を置き、離した。窓の外は曇っていた。傘が要るかは分からない。昨日約束したお茶がうまくいくかも分からない。

彼女は折り畳み傘を置いて家を出た。雨に降られたら、濡れて帰ればいい。

通知のない未来は、死ではなかった。失敗を含めて、自分の時間が始まるという知らせだった。