遺産目録第一号

真柴倭香は、祖父・敬造の介護をしながら、彼が築いた地方ホテルの帳簿を整理した。三人の伯父伯母は、見舞いには来なかったが、毎年の利益だけは尋ねた。

「倭香は孫だ。介護のお礼は月給で済ませろ」

長男はそう言い、次男は本館、長女は温泉旅館を自分が継ぐつもりで改装案まで作っていた。

敬造が亡くれると、三人は倭香を遺言開示の席から外そうとした。最上席に並び、ホテル群の地図へ色を塗る。

「本館は長男、別館は次男、旅館は長女。倭香には祖父の古い腕時計でいい」

倭香は黙って茶を置いた。敬造が生前、「最後まで彼らの好きに言わせておけ」と笑っていたからだ。

遺言執行者が遺産目録を配る。

三人は一斉に頁をめくったが、ホテルも旅館も載っていない。敬造は五年前、従業員承継を目的とする持株法人へ全株式を売却し、売却代金の一部で自分の介護信託を設けていた。倭香は信託監督人として、敬造の生活費と介護費だけを管理した。残った株式は従業員へ移り、親族が相続できる会社ではなくなっている。

長男が机を叩いた。

「じゃあ売却代金はどこだ!」

遺言執行者が目録の第一号を読み上げた。

《貸付金債権 合計一億二千万円》

長男の会社へ五千万円、次男の不動産投資へ四千万円、長女の離婚後の生活資金へ三千万円。三人は「父親からもらった」と思い込んでいたが、すべて公正証書による貸付けで、利息と返済期限が定められていた。毎年届いた残高確認書にも、三人自身の署名がある。

敬造は、その貸付金債権の全部を倭香へ遺贈していた。介護信託の残余財産と自宅も倭香へ渡る。三人には過去の援助が十分あるとして、遺留分計算の資料まで添付されていた。

次男が笑い出した。

「家族の貸し借りだ。孫のお前が取り立てるわけない」

倭香は三通の封筒を配った。祖父の死後、三人は倭香へ「遺産を要求しない」とする念書への署名を迫り、応じなければ介護費の使い込みで訴えると脅した。その録音を聞いた倭香は、祖父の指示どおり、貸付金の回収を専門会社へ委任していた。

長女が封筒を開き、顔を上げる。

「返済期限、今日なの?」

「祖父が亡くなった月の末日です」

廊下で、債権回収会社の担当者たちが立ち上がった。倭香は祖父の腕時計を左手へ着ける。

遺言執行者は目録の第一号を三人の前へ置いた。

「皆様が独占しようと集まった遺産の中で、最も価値があるのは、皆様自身が返す一億二千万円です」