金曜日の白い輪ゴム

出社最後の金曜日、久世美弥より先に弁当が席を離れた。

来週から、美弥は遠方に住む祖母の近くへ移り、完全在宅勤務になる。退職ではないから送別会は要らない、と何度も言った。それでも、四年間使った席が空になると思うと、朝から誰とも目を合わせにくかった。

机の引き出しは空にしたのに、昼だけはいつも通り自分で詰めた。変わらないふりをするには、弁当がいちばん簡単だった。

昼、冷蔵庫に入れた白い輪ゴムの弁当がない。午前中に給湯室へ入ったのは、同じチームの有馬、総務の倉本、荷物を届けた相沢。相沢は受領印をもらい、有馬はコーヒーを淹れ、倉本は備品を数えていた。

屋上へ向かうエレベーターの履歴だけ、十二時に一度動いている。非常扉のカードリーダーには白い輪ゴムが掛けられ、給湯室から紙コップが三つ消えていた。

屋上へ出ると、美弥の弁当は長机の中央にあった。有馬と倉本が左右に座り、相沢は配達を終えてもういない。弁当の周りには、有馬の唐揚げ、倉本のきんぴら、相沢が置いていったという小さなプリンが並んでいる。

「送別会は不要って言いました」

美弥が言うと、倉本はうなずいた。

「弁当を運んだのは私です。有馬さんには、ここで待つよう頼みました。相沢さんは事情を聞いて、プリンだけ置いていきました」

「これは昼休みです」

「私の弁当を勝手に運ぶ昼休み?」

「呼んだら、仕事があるって断るでしょう」と有馬。

四年前、美弥が入社した最初の金曜日、同じ屋上で三人は昼を食べた。風で弁当の輪ゴムが飛び、有馬が追いかけ、倉本が笑った。それから忙しくなり、昼は別々になった。誰も忘れたとは言わなかったが、思い出しているとも言えずにいた。

「最後だから、ではありません」

倉本が紙コップにお茶を注いだ。

「次に会う日を決める昼です」

有馬が社内カレンダーを見せる。毎月最終金曜日、十二時半。場所は屋上。参加者欄には、美弥の名前が先に入っていた。

遠くなるのに、次の約束だけはもう近くにある。

美弥は弁当を開けた。白い輪ゴムを蓋の下へ置き、三人分の箸を並べる。

「オンライン参加はだめですか」

「弁当が運べない」と有馬。

「では、来ます。金曜日だけ」

唐揚げを一つもらい、自分の卵焼きを二つ差し出す。風が吹いたが、白い輪ゴムはもう飛ばなかった。

美弥は最初の一口を食べた。

出社最後の日ではなく、次の昼休みの始まりだった。