鍵を返す順番

青砥透真は、会社の鍵を返す列の最後尾にいた。

先頭は倉庫担当、その次は営業、制作、経理。イベント会社の社員三十七人が、一人ずつ白鷺郁真社長の机へ鍵を置いていく。

白鷺は椅子にふんぞり返った。

「集団退職? 結構。社員は使い切って替えるものだ。来月には若いのを半額で雇う」

透真は、明日の市民祭で使う進行表を机へ置いた。設営図、避難経路、出演者の到着時刻。必要な引き継ぎはすべて主催者へ済ませている。

「祭は中止だな。お前らのせいで町中に迷惑がかかる」

「中止にはなりません」

窓の外にトラックが並んだ。車体には、社員たちが設立した新会社の名前がある。市の担当者と出演者側の代理人が会議室へ入り、白鷺へ契約解除通知を渡した。

「安全管理者と現場責任者が全員退職したため、契約を切り替えます。明日の運営は青砥さんたちに任せます」

白鷺は透真をにらんだ。

「機材は俺のものだ」

倉庫担当がリース会社の一覧を示した。音響も照明もテントも、支払いが三か月遅れており、すでに回収通知が出ている。トラックは新会社が別に手配したものだった。

続いて労働基準監督署の職員が入った。イベント終了後の撤収時間を勤怠から削り、事故報告を隠した件について臨検するという。社員三十七人と元社員二十人の申告がそろっていた。

銀行からも電話が来た。市の契約解除と賃金債権を受け、当座貸越は停止。家賃の保証会社は退去手続きを開始した。

白鷺は机上の鍵をかき集めた。

「ここは俺の会社だ。誰にも渡さない」

そのとき、執行担当者が扉に封印票を貼った。建物は銀行担保で、競売開始が決まったという。

透真の番が来た。だが彼は自分の鍵を机に置かず、白鷺へ差し出した。

「これは社長室の鍵です。返す順番は、あなたが最後でした」

白鷺の手から鍵が落ちる。

市の担当者が新会社との契約書へ署名し、執行担当者が旧会社の扉を施錠した。

その瞬間、使い捨てにされた三十七人には町の明日が渡され、白鷺にはもう、入れる会社さえ残っていなかった。