鏡を伏せたワンピース
冬城凛々子の部屋には、姿見が二枚ある。
一枚は玄関、もう一枚はクローゼットの前。服を着るたび、正面、横、背中を確認する。腰が太く見えないか、二の腕が張っていないか、顔が大きく見えない襟か。十分だったはずの服も、鏡を三往復すると着られなくなった。
服選びの動画や体型診断も保存していた。似合う形を知るために見始めたのに、いつの間にか「避けるべき形」だけが増え、クローゼットは安全な黒で埋まった。
日曜、妹と近所の映画館へ行く約束があった。特別な日ではない。暗い客席で二時間座り、終わったら感想を言い合うだけだ。
凛々子は白いブラウスを着て、姿見の前に立った。肩が広い。脱ぐ。黒いニットは身体の線を拾わないが、顔が沈む。脱ぐ。三着目のシャツは、横から見ると腹が出て見えた。
ベッドの上に服が積み上がる。待ち合わせまで二十分。妹から《ポップコーン先に買う?》と届いた。
凛々子は四着目を手にした。去年買った青いワンピース。布の手触りと、歩いたとき裾が揺れるところが好きだった。けれど鏡では腰の位置が低く見え、一度も外で着ていない。
頭からかぶり、姿見の前へ行く。あと一歩で全身が映る。
凛々子は立ち止まった。今日も鏡の中で欠点を探せば、映画の開始時刻まで服を替え続ける。身体ではなく、出かける時間を削る習慣だった。
姿見を両手で持ち、壁の方へ伏せた。玄関の鏡には薄いストールを掛ける。
青いワンピースの裾を指でつまみ、部屋を一周した。膝に布が触れ、ポケットにスマートフォンが入る。椅子へ座っても腹は苦しくない。それだけを確かめ、鞄を持った。
似合うかどうかの判定は保留にした。好きかどうかも、今日だけで決めなくていい。上映時刻に間に合う服であることは、もう確かだった。
映画館で妹は、売店の列を指さした。服の感想は言わなかった。凛々子も、言ってほしいとは頼まなかった。
客席が暗くなり、青は黒に近い色へ変わった。笑う場面では裾が揺れ、泣く場面ではポケットのハンカチが役に立った。
帰宅すると、姿見は壁を向いたままだった。
凛々子はワンピースを脱ぐ前に、ポケットから半券を出した。今日の服について最初に残す記録を、反省ではなく映画の題名にした。