鑑定対象は僕一人
「自分しか見られない鑑定士を、誰が必要とする」
大神療院の長官モルディスはサフィルの白衣を脱がせ、『無能』として追放した。
【自己異常鑑定:自分の体内にある異物・病・呪いを一つ選び、真名と解除条件を表示する】
患者へ触れても何も分からない。健康な自分を眺めるだけの技能だと笑われた。
その日の午後、王都で《灰花病》が発生した。
感染者の肌に灰色の花が咲き、半刻で呼吸が止まる。血を採れば病の魔力は消え、薬師も鑑定士も正体を掴めない。聖療女王アデルナの大治癒さえ、花を一枚散らすだけだった。
広場には百人が倒れ、隔離幕の内側から子供の咳が聞こえる。母親たちは幕の外で名を呼び続けたが、感染者は一人ずつ、自分の家族の顔を思い出せなくなっていた。最初の患者が息を止めるまで、残り十分もない。
戻ってきたサフィルは、幕を開けた。
「何をする。おまえには他人を鑑定できない!」
「だから、他人の中にあるものを僕の中へ入れます」
彼は感染者の吐息を深く吸った。
喉が焼け、腕に灰色の蕾が浮く。長官は狂人を見る目を向けた。サフィルは震える指で自分の胸へ触れる。
――真名:忘れ花の呪い。
――解除条件:感染者が、失いたくない者の名を自ら告げる。
病ではない。死の恐怖で言葉を失った者から、大切な記憶ごと命を奪う呪いだった。
サフィルは息を絞り出す。
「母さん」
腕の花が灰となって落ちた。
アデルナはすぐ隔離幕へ入り、患者たちへ呼びかける。
「家族でも友でも、帰りたい場所でもよい。失いたくない名を言いなさい!」
「姉ちゃん」「ルカ」「海辺の家」「まだ生まれていない子」
声が重なるたび、灰花がほどける。長官まで、自分の妻の名を叫びながら患者の手を握った。やがて広場から咳が消え、百人の呼吸だけが静かに残った。
サフィルは膝をつく。アデルナが抱き止め、追放札を彼の胸から外した。
「自分しか見られぬ鑑定士だったな」
聖療女王は札を灰花とともに握り潰す。
「誰にも見えぬ苦しみを、自分の命へ移して読んだ者を、我が国では無能と呼ばせない。今日から私の隣で、未知の病に名を与えよ」