間違えたふりはしない

「間違いなら、消していいよ」

平賀美沙は、茅野智暁から誤送信が届くたびそう返していた。彼は友人グループと美沙のトーク画面をよく取り違える。飲み会の店、野球の結果、意味の分からないスタンプ。美沙は笑って削除を待ち、内容を見なかったふりをした。けれど智暁が送ってくる店は、美沙が行きたいと話した場所ばかりで、野球の結果にも必ず彼女の好きな選手の名前が入っていた。間違いにしては、どれも都合がよすぎた。

土曜の夕方、智暁から一通届いた。

《今夜、美沙に友達をやめてもらう》

《断られても、次に会う日だけは決めて帰る》

続けて《悪い、送り先間違えた》と来る。

美沙の胸が大きく鳴った。けれど、彼が誰かへ相談した文章を勝手に答えとして受け取るのは怖い。いつものように入力する。

《間違いなら、消していいよ》

既読はついたが、削除されない。

約束していた駅前へ行くと、智暁は改札の前にいた。普段なら「遅い」と笑うのに、今日は黙ってスマホを差し出す。送信済みの文章の下に、削除ボタンが表示されている。

「美沙が押して」

彼の指は触れず、選ぶ権利だけを渡していた。駅の発車ベルが鳴り、人が二人の間を避けて流れても、智暁は急かさなかった。

美沙は削除せず、スマホのカレンダーを開いた。来週の土曜、二人で行きたかった展示会を入力する。再来週は彼の好きな店。その次の月にも一日空け、参加者を《美沙・智暁》にした。

「友達をやめたあとも、会う?」

智暁がうなずく。

美沙はスマホを返さず、もう片方の手を差し出した。智暁が握る。改札を通るために一度離れかけた手を、美沙はすぐにつかみ直した。

「どこへ行く?」

「今日は、美沙が決めて」

初めて名前だけで呼ばれ、美沙は反対方向のホームを指した。行き先は、二人が友達としては行かなかった夜景の見える駅。

電車へ乗っても、智暁は誤送信を消さなかった。美沙も、届いた一通をお気に入りへ保存する。

間違いなら消していい。

けれど彼は送り先を間違えたふりをせず、美沙はその間違いを、次の予定で正解に変えた。