雨上がりの畳

梅雨の間、畳職人の絃生は仕事が少し難しくなる。

湿気を含んだ畳表は重く、張り具合も変わる。晴れの日と同じ手加減では、乾いたときに緩んでしまう。

その日は古い茶室の畳を替えた。依頼主の八千代は、亡き母が使っていた部屋を、孫の茶道稽古に使いたいと言った。

雨の庭を通って畳を運ぶ。縁側には新聞紙を敷き、泥を上げないよう何度も足袋を拭いた。

古い畳を外すと、床板から乾いた埃と藁の匂いがした。新しい畳を入れると、青い藺草の香りが部屋を塗り替える。

最後の一枚だけ、角がうまく収まらない。絃生は何度も持ち上げ、縁を調整した。八千代は急かさず、廊下で雨を見ていた。

「母は雨の日に、ここで茶を点てたんです」

「音がいいからですか」

「客が帰らないから。もう一服、って言いやすいでしょう」

作業が終わる頃、雨はやんだ。八千代が新しい畳の上で最初の茶を点ててくれた。

湯の音、茶筅の音、軒から落ちる最後の雫。抹茶の青い匂いが、藺草とよく合った。

「少しきつく張ってあります。晴れれば馴染みます」

絃生が言うと、八千代は畳の縁を撫でた。

数日後、確認に訪れると、部屋には孫の稽古道具が並んでいた。雨上がりの光が障子を透かし、畳は前より淡い色になっている。

絃生は靴を履く前に、もう一度振り返った。乾き始めた藺草の香りの奥へ、先日の雨と、二杯目の抹茶の温度が静かに残っていた。

次の雨の日、八千代は孫と二人で茶を点てた。絃生は呼ばれなかったが、後日、写真が届いた。新しい畳に二つの茶碗が置かれ、障子の外に細い雨が見える。写真へ鼻を近づけても藺草は香らない。それでも作業着の袖にはまだ一本だけ青い繊維がついていた。指で摘むと、張った日の湿り気が戻る。絃生は捨てず、道具箱の隅へ入れた。次の畳を替えるときまで、雨の日の一服を挟んでおくように。

道具箱を閉じると、藺草の繊維が木の匂いに混じった。外ではまた雲が集まっている。絃生は次の雨にも、あの茶室の畳が少しずつ馴染むのだろうと思った。