雨上がりを提出する
美術の課題は、「学校の匂いを絵にしなさい」だった。
誰も意味がわからず、教室ではチョークや給食や体育館を描く案が飛び交った。私は何も決められないまま、放課後の中庭にスケッチブックを持ち出した。
そこで突然、雨が降った。
大粒の雨に追われ、渡り廊下の下へ逃げ込む。隣には、同じ課題に悩んでいた彼がいた。白い制服のシャツが背中まで透けるほど濡れ、髪から水が落ちている。
「最悪」
彼は笑った。
「絵の具より先に紙が濡れた」
スケッチブックの端が波打っていた。
中庭には、誰もいない。雨が植え込みを揺らし、土の匂いが立ち上る。濡れたコンクリート、錆びた手すり、制服の洗剤、図工室から流れる油絵具。普段は別々の匂いが、一度に押し寄せた。
「これじゃない?」
私が言った。
「何が」
「学校の匂い」
彼はしばらく雨を見てから、濡れた紙に鉛筆を走らせた。線は水で薄くなり、思うように描けない。
私は絵の具を出し、雨水を筆洗い代わりにした。灰色、青、土色。廊下の柱と、雨に霞む校舎と、隣で震えている彼の制服を塗った。
「俺も描く」
彼は私の紙の右半分へ、勝手に筆を入れた。
「別々の課題でしょ」
「匂いは分けられないって」
「先生に怒られる」
「共同制作って言おう」
一本の筆を取り合いながら、雨が止むまで描いた。うまい絵ではなかった。水滴が絵の具を流し、空と校舎の境目も消えた。
雨上がり、雲の隙間から夕日が差した。
濡れた中庭が光り、絵よりずっときれいだった。彼は完成した紙の隅に、小さく二人分の出席番号を書いた。
翌日、先生は絵を長く見た。
「匂いはどこにある?」
「乾いたら消えました」
私が答えると、彼が続けた。
「でも、見れば思い出せます」
先生は赤ペンで、評価の代わりに〈再現不能〉と書いた。
その絵は美術室の前に一年間飾られた。
通るたび、色は少しずつ褪せた。けれど私たちには、濡れた制服と土と絵の具の匂いがした。
学校生活の大半は、提出できない。
あの日の雨上がりだけは、しわだらけの一枚になって、締切に間に合った。